学問

意味不明だけどワクワク!

今朝の新聞各紙は、京都大学の望月新一教授が「ABC予想」の証明に成功したことが確認され、近く発行される論文雑誌にその論文が掲載される旨大きく報道していた。 望月氏が証明に成功したという話は、私が知っている範囲でも、既に3年ほど前に査読未了で…

修学旅行に向けて・・・平居の勉強会

今日は本当なら終業式。もちろん例の肺炎騒ぎで中止。のはずだったが、それはあんまりだということで、来週の月曜日、もともと離任式が予定されていたのだが、それと抱き合わせで実施することになった。 3月は、以前書いたとおり、入試業務の日が多くて、休…

立派な建物よりも対話

先週の土曜日、友人の紹介で、東北大学農学部の見学に行った。参加したのは、高校教員5名。 かつて仙台市の中心部から徒歩30くらいの平坦地にあった農学部は、何かの都合で、2年ほど前に郊外・青葉山という所に移転した。理学部と工学部の間、宮城教育大…

イスラム世界の香りの文化・・・ラボ第22回

昨晩は、「ラボ・トーク・セッション」第22回であった(→出発点)。今回の講師は文化人類学者の縄田浩志・秋田大学教授(正式には特別貢献教授!=特に大きな学問的業績を上げてきた教授を、期限付きで特別待遇にするもの)、演題は「イスラーム世界の香り…

何のために学ぶのか?(続)

(1月23日付け「学年だより№35」より②) 【続・何のために学ぶのだろうか・・・?】 より質の高い「面白さ」が分かるようになるために学ぶ、というのは前回の話(→こちら)。補足的に、もう少し続けて考えてみよう。学ぶ理由は大きく分けて二つ。 「自…

すったもんだの冬季課外

(1月8日付け「学年だより№33」より) 穏やかな天候に恵まれたお正月だった。私は、80歳を過ぎた母親が年末に手足を骨折した都合などあって、仙台市郊外の実家でじっとしていた。特に事故報告も入っていないので、諸君はいい年末年始を過ごせたのだろ…

狭い了見を克服せよ・・・冬季課外

昨日に続き、「学年だより№32」を引用するところなのだが、いきさつが分からないと理解できないので、まず最初にそれを書いておく。 今日と明日の2日間、「冬季課外」なるものが予定されていた。「やる」ということだけ決まっていて、具体的に何をするか…

これは圧巻!!

何しろ、人の予定を合わせるのは難しい。「ラボ」だって、主催者2人と講師、計3人の都合さえ合えばよいので、なんとかやっているだけの話である。これが、主催者が5人いて、講師と合わせて6人の都合の合う日、などと言っていては、2ヶ月に1度の開催な…

おい、そこが分岐点だよ

(12月12日付け「学年だより№30」より) (冒頭に12月6日付け河北新報コラム「河北春秋」貼付) 先週の水曜日、アフガニスタンで現地の人々の生活支援をしていた医師・中村哲氏が殺された。特別な地位を持っているわけでもない個人の死が、これほど…

大木健氏「高校生向け公開講座」

(11月25日付け「学年だより№27」より) 菊祭りが終わった塩釜神社は、そのタイミングを待っていたかのように、モミジの紅葉が始まった。1本のモミジの木の色づき始めから完全に落葉するまでをじっと観察してみると、本当にドラマチックだ。 枝先から…

鈴木孝夫「ものとことば」の授業(2)

まず、「児ありけり。」(『宇治拾遺物語』「児の空寝」より)。授業で何て訳した?生徒:「児がいた」。私:どうして「児」は「児童」の「児」なのに、「子ども」って訳さないの?・・・そう、今の「子ども」とこの文章の中の「児」は意味が違うからだよね…

鈴木孝夫「ものとことば」の授業(1)

考査直前、授業で鈴木孝夫の「ものとことば」という評論を読んだ。構成が非常に明快。第3段落の冒頭が、「抽象的な議論はこのくらいにして、具体的なことばの事実から考えていくことにしよう」となっていながら、そこで語られる具体例が、それ以前の「抽象…

拙著についての二つの書評

拙著『中国で最初の交響曲作曲家・冼星海とその時代』が出てから、もう少しで4ヶ月になる。当初から予想していたことだったが、おそらく売れていない。学術や出版の事情に詳しい人達は、「よくこの本3500円で出たね」と言ってくれるが、世間一般からし…

「フラの歴史」または「人文知の価値」・・・ラボ第20回

昨日は「ラボ・トーク・セッション」の第20回であった。講師は石巻専修大学助教の目黒志帆美氏、演題は「フラの歴史から浮きあがるアメリカの姿」。なにしろ、社会人生活を経て大学院に進まれた方なので、大学院を出てから4年というイメージの「若さ」で…

私に相談するのはやっぱり間違い

(10月17日付け「学年だより№22」より②) 先日の普通科「現代文」の考査では、時間が余ってしまった時のため、解答用紙の最後に「授業についての感想、要望などを自由に書きなさい」という欄を作っておいた。 時間的に厳しかったと見えて、書いてくれ…

知識の身に付け方

(10月7日付け「学年だより№21」より②) 日頃、高校生の「無知」に驚くことが多い。1年生はまだ仕方がないかな、とも思えるが、入試や就職対策で接する3年生の「無知」は絶望的だ。という訳で、考査の採点をしながら思ったこともあり、どうすれば知識…

幻の新関温泉(資料3)

田口三郎著『蔵王登山案内』(山形山岳研究会、1919年=大正8年6月)より 第3篇「蔵王火山彙」第3章「大正7年の御釜火口湖の活動」 (前半略)△御釜の減水混濁(前半略)御釜の活動増進して瓦斯・蒸気を放散すると共に、他方新関等に於て温泉活動力…

幻の新関温泉(資料2)

(平居注:「浴法」「地理」「位置」省略) 「気候」土地高峻、境区幽僻なるが故に、夏季は大気清涼にして、三伏酷烈の時すら朝暮は70度に騰ることなく、日中と雖も尚ほ85度に過ぎず。故に、この地夏夕蚊帳を用ひるの煩ひなし。積雪は最深2尺に及び、毎…

幻の新関温泉(資料1)

7月に「幻の新関温泉」という記事を4回連載した。新関(にいぜき)温泉とは、明治から大正にかけてわずか10年ほどだけ宮城県側の蔵王に存在した、正に「幻」の温泉である。とは言え、実は私が書いた部分というのはごくわずかで、仙台一高山の会の志鎌良…

暮らしの中の栄養学・・・ラボ第19回

一昨日は、ラボ・トーク・セッションの第19回であった。この極めて個人的でささやかで、それでいて話者・聴者ともに質だけは高いと自負する(笑)イベントも、ふと気が付けば、ほぼ2ヶ月に1度のペースで丸3年を経過し、今回から4年目に入った。すごい…

中村稔『高村光太郎の戦後』をめぐって(続)

中村稔氏の研究は、「王道を行く」というような風格がある。それはどういうことかというと、先行研究を一切気にすることなく、光太郎と茂吉を比較するなら、ひたすら彼ら自身の、もしくは周辺に生きて関係した人々の文章だけを読み込み、それによって論を為…

中村稔『高村光太郎の戦後』をめぐって

先週土曜日の朝日新聞の書評で、中村稔『高村光太郎の戦後』(評者:石川健治。青土社)という本を見つけた。その直後に仙台市内の書店に行ったらあったので、この3日ほどかけて読んだ。 昨年、中村稔『高村光太郎論』(青土社、2018年7月)については…

ついに発刊!・・・『冼星海とその時代』

読者への報告が遅れてしまったが、先週、ようやく私の著書『中国で最初の交響曲作曲家 冼星海とその時代』(アルファベータブックス刊、356ページ、3780円=税込み)が、本の形になった。私の所には11日に届き、出版社からは、19日くらいから書店…

幻の新関温泉(4)

7月14日に、今年の祭礼に参加させていただいた話を書く。 あいにく強い霧雨が降る中、指定された時刻の30分前、一高山の会のSさん、TさんとともにSさんの車で9時半に賽の河原に着いた時には、志鎌さんは既に来ており、新関家の方も間もなくお見えに…

幻の新関温泉(3)

④ 石碑の「毎年7月15日の祭礼」とは? (湯殿山神社の石碑の写真を見せて)この「子孫者必7月15日祭礼行うべし」という文言を、発見者新関家8代目善八が残していますが、今でも毎年新関温泉跡に行かれていると伺ったのですが、本当なんでしょうか? …

幻の新関温泉(2)

② 新関家のルーツは高貴で名門 当主が新関家のルーツを話し始めた。 「祖先の吉綱は1368年に長野の奈良井で生まれ、1393年に山形の若木に流れ着きました。当時は長子が家督を継ぎ、舎弟は自分の主人を探して放浪したようです。長野は木曽源氏と奈良…

幻の新関温泉(1)

7月14~15日、仙台一高の井戸沢小屋に行っていた。例によって、静寂の中で大酒を飲もう、というのではない。「薪バイ」と言って、冬に燃やす薪をエコーラインから担ぎ下ろす労働が主目的である。もっとも、今年は「激しい霧雨」が降るあいにくの天気で…

「一つのメルヘン」(補)

昨日まで、中原中也の代表作であり、なかなか解釈の難しい「一つのメルヘン」について、思うところを書いてきたわけだが、もちろん、授業ではこんな主観的な解説の押しつけはしていない。(1)に書いた程度のことを解説し、生徒がどんなイメージで受け止め…

「一つのメルヘン」(3)

この詩には、文体の問題もある。「~でありました」「~でした」という丁寧語は、独特の雰囲気を作り出している。この事に言及する人は意外に少ない。音楽性の創出(岡井隆)、物語性(指導書)といったあたりを見出すことができるだけである。 私は二つの可…

「一つのメルヘン」(2)

教科書には、教科書会社が作った「指導書」というものが存在する。授業をするための「虎の巻」というやつだ。その「一つのメルヘン」についてのページを見ると、驚くようなことが書いてある。 「主題:鉱物の結晶のような陽が射す無機的な河原に蝶が訪れると…