ベートーヴェンの「ハ長調」



 最近、またベートーヴェンを聴きたいという気持ちが募ってきて、車の中でのながら聴きではあるが、ベートーヴェンを聴いていた。ガーディナーバーンスタインによる交響曲全集、グルダによるピアノソナタ・・・といった具合である。

 ふと思ったことがある。ベートーヴェンと言えば、「ハ短調」を最も好んだということがよく語られる。今、我が家にあるベートーヴェン関連の本を全て読み直してみるわけにもいかないので、ベートーヴェン自身が、一体どれだけハ短調を意識し、それについて語ったことがあるのか分からないのだけれど、こうして立て続けに彼の曲を聴いていると、私が非常に魅力的だと思う曲には、案外「ハ長調」が多いのではないかという気になりだした。「ハ短調」は、交響曲第5番「運命」の印象があまりにも強烈なので、なんだかその一事で作り出された思い込みなのではあるまいか?

 「運命」以外でハ短調と言えば、ピアノ協奏曲第3番、ピアノソナタ第8番「悲愴」、同第32番、32の変奏曲、合唱幻想曲といったあたりで、どれもこれも名曲ではあるが、ベートーヴェンの作品の中で特別というほどではないように思う。一方、ハ長調は、交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番、三重協奏曲、ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」、弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」、ディアベッリ変奏曲といったあたりが代表格だろう。比較的若い時期の作品が多いが、ハ短調の曲に比べて見劣りするだろうか?いや、むしろ、ベートーヴェンの特質が非常によく表れた魅力的な曲が多いのではないか、と思う。

 私はかつて、ベートーヴェンについての一文で、「まるで血統のいい若い和犬のように思われる。非常に純情・素直で、聡明、それがすっくと立って正面をじっとみつめているような印象を受けるのだ」と書いたことがある(2012年2月16日)。思うに、この印象は「ハ長調」によってもたらされたような気がする。

 一つ一つの調性がどのような性質を持つかということについては、古来、マッテゾン、シャルパンティエなど、いろいろな人が見解を述べている。しかし、それらは、結局調性ごとの特徴など存在しないということを言おうとしているかのように不一致である。しかし、私は、同じくハ長調の曲、例えばーツァルトのピアノ協奏曲第21番、25番とか、シューベルト交響曲第8番とか、バッハの平均律曲集の第1曲とかを聴きながら、ハ長調を純情素朴で、素直、聡明な印象を与える、色で言えば「白」の調性だと思っている。

 私がベートーヴェンの特質について、彼のハ長調の曲を聴きながら感じ取ったのか、総合的に感じ取り、後からこれらがハ長調の曲に最もよく表れていることに気付いたのか、それは定かでない。しかし、ベートーヴェンにそのような特質があることと、それがハ長調の曲によく表れていることは、どうしても確かなのだ。私にとって、ベートーヴェンハ短調以上にハ長調の似合う作曲家である。