1日だけの「桃源郷」・・・升沢森の学び舎



 昨日までの3日間、県の高校総体が行われていた。私は例によって(?)、助っ人を頼まれて、登山競技の会場(升沢〜蛇ヶ岳〜北泉ヶ岳〜泉ヶ岳)に行っていた。

 登山大会を支える高体連登山専門部というのは、何とも変な組織である。教員が生徒のすることを「見ているだけ」というのがなく、荷物の多少はあるにしても、基本的に同じだけの距離を歩く。大会を始めとするあらゆる行事が「泊まり」。しかも、体育館のような所に雑魚寝というのが少なくない。教員だけではない。顧問OBや生徒OB・OGも助っ人として集まってくる(山中で不調の生徒が出たりすると大変で、その救助のために頭数が必要)。生徒OB・OGと接する時も、どこの学校の出身者と気にする風がない。みんな「仲間」である。そして、仕事の手が空いた時には、常に車座になってグダグダと四方山話に興じている。現在の委員長は、元ラグビー選手、まだ40歳そこそこのS先生だ。たまたま、ラグビー部のない学校に赴任して、山岳部の顧問となり、そのまま登山専門部に居着いて、ついに委員長にまでなってしまった。夜のグダグダの時に、「S先生ラグビー部に復帰する気ないの?」と誰かが尋ねたら、「いや〜、この濃密な人間関係に馴染んでしまうと、もうラグビーなんかする気になんないっすよ〜」と言っていた。部活動自体がそもそも大嫌い、競技登山なんて真っ平ごめんの私が、電話1本でほいほい出かけていくのは、やはりこの集団の魅力である。他の種目で、審判や記録の席に呼ばれたとしても、絶対に行かない。生徒と一緒に歩けて、教員がわいわいグダグダの登山専門部だから行くのである(生徒の安全がかかっているので、仕事は極めてまじめ。誤解のないように・・・)。

 さて、初日、私は女子隊の生徒を引率し、旗坂キャンプ場から升沢自然歩道なる山道を通って「升沢森の学び舎」に行き、その後は昨年(→こちら)に引き続き、「そば打ち」に精を出していた。

 場所は元の給食室である。そばを打ちながら、その何とも懐かしいたたずまいに感動していた。「升沢森の学び舎」とは、もとの大和町立吉田小学校升沢分校である。平成6年に閉校になった後、自然に親しむための施設として一般に開放されている。最盛期でも生徒数は全校で50名あまり、閉校時は1名という、小さな山の分校であった。今の校舎は昭和50年に建てられたということで、木造校舎ではない。鉄筋コンクリートである(体育館はもう少し古そうだ。鉄筋モルタル)。しかし、給食室で調理をしての給食など、今の学校には全くないと思うので、給食室があるだけで懐かしい。しかも、食器棚には当時使っていたアルミ製の食器(私の小学校時代と同じもの)がいまだに並んでいるし、大鍋もガス台も、生徒に給食を渡すための窓も、なんとも素朴でいい雰囲気なのである。真っ赤なほっぺの小学生が、おなかを空かせ、いかにも嬉しそうに、窓口で優しそうなおばちゃんから給食の入った鍋やトレイを受け取っていく時の、ほのぼのとした光景が目に浮かぶようだ。

 あまりに懐かしいので、そば打ちが一段落した後、校内を回ってみた。分校なので校長室はない。複式学級だからだろう。教室は3つ。職員室は狭く、せいぜい6人くらいしか机を置けない。月の予定を書いた黒板があって、そこには閉校した平成6年3月の予定が書かれたまま、消されないように透明なプラスチック板が貼ってある。予定表は、「3月29日 閉校式、感謝の会」で終わっていた。他の教員が、見ていると泣けてくる、と言っていた。他に宿直室がある。渡り廊下を隔てて、バスケットボールのコートが取れるか取れないかくらいの小さな体育館がある。校庭にある雲梯、鉄棒、ブランコ、滑り台も、その錆び具合がやはり懐かしさを感じさせる。こんな所で、生徒も先生も、みんな仲良し、みんな学校が大好き、というような生活が出来たら、それはまるで桃源郷だな、と思う。

 実は、小学校時代のある時期、私は将来就きたい職業として、「山の分校の先生」と言っていたことがある。「森の学び舎」を見ながら、昔私があこがれていた山の分校とは、正にこのような場所なのだ、という思いが強くわき起こってきた。私が通っていた小学校に、升沢分校から転勤してきた先生がいて、分校時代の話をよくしていたことも少し思い出す。

 教員は、その体育館で雑魚寝である。生徒は隣接する校庭でテント。生徒の就寝時刻を過ぎても、教員のグダグダは続く。翌朝、ある生徒がニヤニヤしながら、「生徒には就寝時刻厳守と言うくせに、先生たちはうるさかった」と言っていた。腹を立てている風ではない。そう、家庭でも同じことだが、大人が仲良しでいることは、子供たちにとって最も安心できることなのではないだろうか?

 2日目は4時起床。山の分校での一晩限りの「桃源郷」に名残を惜しみながら、早々に、泉ヶ岳少年自然の家までの長い縦走路に向けて歩き始めた。