アマモ場の最後の調査



 7月9日の記事(→こちら)の続きみたいなものを書く。

 今日は霧雨の中、栽培実習場に行った。広島大学が実習場前の「アマモ場(アマモという海藻が生えているところ。魚類のいい繁殖地になっている)」の調査に来ていたからだ。2009年から継続的に調査をしていたが、9日の記事にあるとおり、万石浦沿いの愚かな(本当に愚かな!)防潮堤工事によって干潟もアマモ場も消滅するため、今年で最後になるだろうとのことだった。

 広島から来たのは先生と学生、合計4名。今年どどっと増えたゾーケン(増殖研究部)のメンバー15名ほど、それに、たまたま学校見物に来ていた岐阜農林高校の先生と生徒2名、そして私のような野次馬が若干集まって、実習場はなかなかの賑わいであった。

 私は他の仕事の都合で、作業の終わり頃に駆けつけたのだが、広島大学チームは、全員ウェットスーツに身を包み、単なる地引き網だけではない、アマモ場に入り込んでの悪戦苦闘の跡が感じられた。メバルギンポ、ウグイなど、結構な量の魚が獲れたようである。昨日は宮古や大槌といった岩手県の海で、昼だけではなく、夜も網を入れてサンプル採集をしたらしく、獲った魚類は10%フォルマリン液の入った瓶に、ごちゃごちゃに詰め込んであった。夜の網には、肉食の大型魚が入るとかで、立派な型のウミタナゴやクロソイも入っている。岩手のウミタナゴは、宮城よりも1ヶ月遅れてちょうど出産期。ウミタナゴという魚は卵胎生なので、卵ではなく稚魚を産む。網で採られたお腹がぱんぱんにふくれた出産間際のウミタナゴの産道から、稚魚の尻尾が飛び出しているのが、なんとも無残な感じに見えた。大学院生が、ゾーケン部員を始めとする来場者に、瓶の中の魚についてあれこれと説明してくれた。彼らは、この後、福島県に移動して松川浦で調査だそうである。採れたサンプルを大学に持ち帰り、どのように処理して何が分かるのか、むしろ知的ドラマはそこにこそあるはずなのだが、それに立ち会えないのは残念と言うほかない。

 せっかくなので、余計なことも書いておこう。

 先週の水曜日、ヒラメの稚魚がどうなったかを見に来た。一部は着実に成長しているが、孵化しなかった卵も多いということで、もう少し孵化させようと、受精卵を青森県八戸市の栽培漁業協会という所から取り寄せた。私が行ったのは、その荷物が到着した時であった。ヒラメの受精卵をクール便で取り寄せるなどということが、私にはひどく現実離れをしたSF的なことに思われた。

 H先生が解説をしてくれた。「受精卵を水槽に入れて孵化させること自体が、なかなか難しい作業でした。卵を孵化させるためには、卵が沈殿してしまってはダメで、水中に浮遊していることが必要です。ところが、なぜかそれが上手くいきません。あれこれ調べてみると、八戸の海水と万石浦の海水では、わずかに2パーミル(1000分の2)万石浦の方が塩分濃度が低いことが分かりました。これは初めての発見です。今回はそれを調整して、出来るだけ全てが孵化するように頑張ってみます。」へっ?

 H先生の涙ぐましい努力の甲斐あって、ほとんどの卵が孵化し、おびただしい数の真正面を見つめる幼ヒラメが誕生した。今日は、既にプラスチック水槽から、大きなコンクリート製の遮光水槽に移されていた。一方、1ヶ月前に孵化したヒラメは、色こそ透明だが、すっかりヒラメらしい形になり、水中遊泳の時期も終えて、いかにもヒラメ然と水槽の底に寝そべっている。後はひたすら大きくなるのを待つだけだ。震災前にいたような50センチを超えるヒラメになるのはいつだろう?

 水槽に泳ぐ魚の種類は、わずか2週間ほどでぐっと増えていた。ボラの稚魚は、本当に落ち着かなく泳ぎ回っている。クロダイやマダイも入った。マゴチやオコゼもいる。実習場の中に、命の気配がどんどん濃くなってきた。生き物の観察は楽しい。