300万円=期待のシンボル



 今日は、宮城丸が、私が副担を務めるN3(航海類型3年)の生徒と担任とを乗せて、60日間の遠洋航海実習に出発した。

 2時間目の授業が終わると、私は石巻工業港に向かった。出港式の30分くらい前に着いたので、昨年宮水に来たばかりの先生を連れて、船内を一回りした。

 今年、私は、航海類型の関係者ということで、宮城丸に入るための職員証というものが与えられた。これがなければ、受付が必要、あればフリーパスという話だったので、どっちみち船に入れることには変わりがないのだが、少し優越感を感じていた。ところが、船の入り口でその職員証を提示しても、「だからどうしたの?」みたいな顔をされ、受付名簿に名前を書かされ、来客用のカードを首からぶら下げて、ようやく船内への立ち入りが許可された。生徒の家族のような外部の人と、まったく同じである。なんだかがっかりした。

 それはともかく、11:30から行われた出港式には、300人近い人々と多くの報道関係者が集まり、なかなか盛大であった。式が終わると、定刻12:00に出港。思えば、石巻新漁港で全校生徒による見送りをしていた震災前以来、宮城丸を見送るのは3年余りぶりである。校歌の流れる中、船がゆったりと岸壁を離れ、やがて遠離ってゆく光景というのは感動的なものだ、と改めて思った。今日はよく晴れて暖かく、本当に春らしい最高の天気だったため、海自体も美しかった。

 ところで、先週の金曜日、学校におけるN3の出航前最後のHRで、何か話すように言われたので、私は次のような話をした。


「宮城丸には20名の船員さんが常に乗っている。計算をしやすくするために、彼らの年収が平均500万円だとして、年に1億円だ。実際にはもっと高いだろう。県の実習船は15年に一度新造されている。今の宮城丸は15億円だったので、船代は年に1億円だ。年に遠洋航海実習が3回ある。面倒なので、短期航海や体験航海は無視する。すると、遠洋航海実習1回につき、7000万円ということになる。本科生と専攻科生を合わせて、実習生は約35人なので、1人当たり200万円である。加えて、宮城丸は、1日に5キロリットルの燃料を消費する。今は、油代が1キロリットル当たり10万円近くするので、1日に50万円。60日間では3000万円だ。前回の実習でのマグロの売り上げは、わずか1300万円である。燃料費からそれを引くと1700万円の赤字なので、それをやはり35人で割ると、約50万円になる。これに食費が1日1500円とすると、60日で9万円。全て足すと1人当たりの経費は260万円になる。これが全て県の税金から支出されている。

 260万円というのは、特に船員さんの給料を安く見積もっての話なので、実際には300万円にもなるだろう。私立大学理系の2年分の学費に匹敵する。これはすごい金額だ。わずか2ヶ月間の勉強のためとしては、自分の子どもに対してでもなかなか出せる金額ではない。

 では、宮城県民は、なぜ諸君一人一人のために300万円近いお金を出してくれるのだろうか?それは、その金額に見合ったものがあると考えているからだ。諸君がこの航海で人間的に成長すること、卒業してから船員として働くこと、そうすれば元は取れる、と考えているのだ。別の言い方をすれば、諸君は今後、遠洋航海実習で学んだことによって、社会に対し、300万円分以上のことをしてくれるはずだという期待があるのだ。

 お金の話をすると、なんだかずいぶん下品でけち臭いようだが、300万円というのはお金ではなく、シンボルだ。それは、県民の期待のシンボルであり、諸君が多くの人々に支えられて学ぶ機会を与えられていることのシンボルだ。ただ単に「楽しかった」でこの実習を終わらせてしまうわけにはいかない。人間は、自分のためではなく、人の期待に応えようと努力することも大切だ。ぜひ、そんな意識を持って、この実習で多くを学び、身に付けてきて欲しい。

 6月19日には、気仙沼港で諸君を出迎えるつもりだ。Y先生に迷惑をかけず、くれぐれも元気で帰ってきてくれ。」