雨のブナ林



 3日間、例によって(昨年の話は→こちら)、県総体登山競技の役員として、山に行っていた。もちろん、雨だった。一昨日(大会初日)の夕方から土砂降りとなり、昨日も、朝起きると相変わらずの土砂降り。午後から、今日私たちが山を離れるまでは、いかにも「梅雨」といった体の雨がしとしとと降り続いていた。

 初日は宮城蔵王・澄川で、早々に、生徒の幕営を断念。昨日は、刈田岳〜熊野岳雁戸山〜笹雁新道〜笹谷と北蔵王を縦走する予定だったが、これも断念して、バスで笹谷に移動し、雨脚の衰えを待って、笹雁新道を少し歩いて引き返し、セント・メリースキー場を4分の3ほど登ってはまた下った。登山大会として審査をしなければならないから、そのために何とか歩いた、という「競技のための大会」になった。他の種目なら当たり前のことであるが、登山というスポーツの性質上、大会は山を楽しむためのれっきとした「山行」だと勝手に思っている私にとっては異常事態である。

 雨などというのは、しょせんただの「水」である。危ない薬品が降っているわけではない。気温が低い時に、体が濡れて体温が奪われるということでもなければ、あまり気にしない方がいい、とは考えてみるものの、やはり濡れるというのは不愉快極まりない。この感覚はどうしようもないものなのだな。

 もっとも、初日は標高が高い所にいたこともあって、ひどい時には視界が30mくらいしかなかったのだが、標高を下げたことと、やや天候が回復したこととから、昨日の午後には遠景も少し見えるようになった。審査のためのスキー場登りというのは、苦行でしかないのだが、ふと振り返ると、雲の切れ目から谷の反対側の山々が見えた。なんとも幻想的な、山水画の風景に近いものであった。

 今日は、予定通り、笹谷峠(有耶無耶の関)への旧道を「化け石」まで歩いて、引き返した。昨日、山水画の風景を見ながら、笹谷旧道は森の中の道なので、雨の時に歩くと美しいだろう、と想像し期待していたのだが、予想以上であった。この道は、杉の人工林から始まり、それを抜けると楢や栃の林となり、更に高度を上げるとブナの森となる。先々週の面白山や大東岳、船形山のようなブナの巨木が延々と立ち並ぶ森ではないが、それでも、ブナの森は雨が降ると特に美しい。新緑のブナ林は緑色の光で満たされ、雨が降ると、それに白いミストが混じってしっとりとした静かな風景となる。ブナというのは、根元に水をため込む能力が非常に高いことがよく知られているが、その水との親和性は、根元だけではなく、ブナの森の空間にもそのまま当てはまるのだ。集団登山なので、その光景に浸っているわけにはいかなかったけれど、多少は雨のおかげを楽しむことができた。

 ところで、宮城県高校総体登山競技というのは、船形山、北蔵王南蔵王の3本のコースをローテーションしている。私が北蔵王の大会に参加するのも、6回目か7回目になる。確か、初めて参加した時は、雁戸山から笹雁新道を下りずに、笹谷峠まで稜線行動を続け、峠から今日歩いた道を下って、笹谷の集落で泊まった。顧問は民宿泊で、生徒は川崎小学校笹谷分校の校庭で幕営した。笹雁新道を使うようになった(コース短縮)のは、生徒・教員共に軟弱になった結果であり、セント・メリースキー場で泊まるようになったのは、笹谷の集落がさびれて、民宿も教員・補助員を収容しきれなくなってきたことや、小学校が2002年に閉校となり、幕営地としても使えなくなったことと、「るぽぽ川崎」という町営の温泉施設(現在は民営)とスキー場が開設されたこととによっている。

 今日、笹谷峠への旧道に行く途中、笹谷の集落を通った。懐かしかった。かつて見られた民宿の看板は一枚もなくなっていたが、比較的新しい建物のまま閉校となった小学校はまだ残っていた。いかにも古めかしい小さな神社や、その先に何があるのか分からないような階段があって、古い街道集落の風情を感じさせる。笹谷の旧道も含めて、ピークに立つことを目的とせず、のんびりと散歩をしてみたいと思った。