フィラデルフィア管弦楽団とネゼ=セガン



 既に2週間近く前の話になる。書いておこうと思いつつ、後回しにしながら今になってしまった。

 6月22日の夜、Eテレでヤニック・ネゼ=セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団の演奏会を見た。ヤニック・ネゼ=セガンという知らない指揮者にも興味があったし、フィラデルフィア管弦楽団にも心引かれた。

 フィラデルフィア管弦楽団というのは、言うまでもなく、アメリカを代表するオーケストラのひとつである。私がこの手の音楽を、演奏者を意識しながら聴き始めた高校時代、このオーケストラにはユージン・オーマンディという巨匠が君臨していた。なにしろ、オーマンディは1936〜1980年、実に44年間にわたって音楽監督を務めていたのである(最初の2年間はストコフスキーとの2人体制)。私の高校時代はその最後の時期に当たる。

 だが、私がフィラデルフィア管弦楽団に親しい印象を持っているのは、オーマンディの存在とはさほど関係しない。当時、LPレコードは、1枚2500円以上もする高価なものだったが、ちょうど私が高校時代に1000〜1500円の「廉価盤」というものが出回り始めた。その廉価盤初期に、他のオーケストラのものに先駆けて、オーマンディフィラデルフィアのまとまった量の廉価盤が、確か1300円で売り出された。我が家には、ステレオ再生装置などという贅沢品はなかったが、友人がそれらの廉価盤を何枚か持っていて、カセットテープに録音したものをくれたり、貸してくれたりした。だから、高校時代の私の音楽体験とフィラデルフィア管弦楽団は、切っても切れない関係にある。私の抱く親しい感情は、このことによっている。

 オーマンディフィラデルフィアの廉価盤は、ジャケットにこのオーケストラの全体写真が印刷してあった。言葉は悪いが、「ずいぶんハゲの多いオーケストラだな」と、友達と感心し合っていたことも、楽しい思い出だ。

 その後、確か、サバリッシュが音楽監督の時代に、来日公演の様子をテレビで見たことがあると記憶しているが、曲目も含めてよく覚えていない。そして今回、久しぶりでフィラデルフィア管弦楽団を見た。「ハゲ」(ごめんなさい!)ではなく、東洋系の楽員の多さが目を引いた。コンサートマスターも韓国系アメリカ人らしい。

 さて、プログラムはモーツァルト交響曲第41番「ジュピター」、マーラー交響曲第1番「巨人」、バッハ(ストコフスキー編曲)小フーガである。マーラーの第1番は、マーラーの声楽抜きの交響曲の中で、第9番に次いで私の好きな曲だが、真面目に見ていれば2時間拘束されるわけだから、ネゼ=セガンという若いカナダ人指揮者がどんな人かを見たら、早めにテレビを消そう、と思ってスイッチを入れた。ところが・・・最後まで見てしまった。

 なぜかというと、どんなに優秀なオーケストラでもなかなか避けられない立ち上がりの悪さが一切なく、「ジュピター」がまるでメインのプログラムであるかのような充実した響きと完成度で演奏されたからである。マーラーは更によかった。30歳にもならないマーラーが、信じられないほどの高い完成度で書き上げた青春の音楽が、まるでこの指揮者とオーケストラから生まれてきたような自然さと、フィラデルフィア管弦楽団ならではの分厚く豊麗な響きで、一切弛緩することなく演奏された。若々しく、胸のすくような音楽だった。私は、テレビのスイッチを切るに切れず、「ながら聴き」も止めて、2時間画面に見入ってしまったのである。素晴らしい演奏会だった。

 ネゼ=セガンは1975年生まれの39歳。テレビの中でコンサートマスターが言っていたが、2008年にこの人が初めてフィラデルフィアの指揮台に立った時、わずか20秒でオーケストラが彼に惚れ、次の音楽監督と確信したそうだ。2012年から音楽監督を務めている。まだ40歳にもならないのに、ウィーンフィルベルリンフィル、そしてザルツブルグ音楽祭にも登場した、正に飛ぶ鳥を落とす勢いの若手指揮者らしい。テレビでその演奏に接してみると、意外の感じはしない。指揮ぶりも非常に明快・素直で、それにオーケストラが忠実・敏感に反応する様が見ていて気持ちよい。

 この人について調べていて、実は、昨年、ロッテルダムフィルとともに仙台に来ていたことを知った。そう言えば、そんなチラシを見たことがあるような気がする。日程的な問題があったかなかったかは記憶にないが、その時は、私にとって無名の指揮者だったし、同行していたピアニストも無名、メインプログラムのラフマニノフ交響曲第2番にも引かれない、ロッテルダムフィルは2回行ったことがあって、わざわざ高価なチケットを買い、平日に無理をして仙台まで行く気にならなかった、ということだったと思われる。今になって、つくづく惜しいことをしたと地団駄を踏んだ。

 仙台フィルには、1979年生まれ、ネゼ=セガンと同世代と言ってよい世界的に売り出し中の指揮者・山田和樹氏がいる。先々月、彼の指揮でマーラー交響曲第4番を聴いて感心した話は書いた(→こちら)。次は第1番を、そして、今回テレビで見たネゼ=セガンのものに匹敵する演奏を聴かせて欲しい、と思った。