練り上げられた音楽・・・高関健礼賛



 今日は、仙台フィルの第294回定期演奏会に行った。指揮は、私が日本人で最もハズレのない指揮者として深い敬意を抱いている高関健。曲目は、ベートーヴェン「プロメテウスの創造物」第12曲と第16曲、ウェーバークラリネット協奏曲第1番、そしてベートーヴェン交響曲第3番「英雄」である。クラリネットの独奏は、ベルリンフィルの首席クラリネット奏者であるヴェンツェル・フックス。私は、仙台・石巻で行われた高関健と「英雄」の演奏会はほぼ皆勤である(→参考)。そんな私にとって、大変魅力的な出演者であり、プログラムだった。

 地下鉄を降りて、会場である青年文化センターの前まで来た時、私の目の前で、1台のタクシーが停まった。降りてきたのは、なんと高関健とフックスであった。開演の45分前である。いくら定期演奏会の二日目(リハーサルがない?)とは言え、こんな直前に、楽屋口ではなく、正面から会場入りするものなんだ、と驚いた。フックスの大きなスーツケースを仙台フィル事務局の方が引き、二人はドイツ語で親しげに話をしながら会場に入っていった。高関健という人は、カラヤンのアシスタントとしてベルリンフィルを日常的に振りながら成長した人である。とは言え、その当時、フックスはまだ入団していない。私は声を掛けたりしなかったけれど、何だかいいことがありそう・・・。

 さて、演奏会は期待通りであった。名人というのは、弱音、緩徐楽章でその実力を存分に見せつける。フックスもその通り。音が湧き起こるように始まる所なんて、いったい音の出始めた瞬間がいつなのかよく分からないほどスムーズだ。弱音の安定性と美しさは圧倒的である。フックスは独奏者としての出番が終わった後、「英雄」にもオーケストラメンバーとして登場。だが、こちらはそのすごさがよく分からなかった。目立たないようにオケを支えるというのも実力のうち、ということかも知れない。

 「英雄」は名演。きびきびとしたテンポと集中力もいいが、それらはむしろ当然。奇を衒ったような解釈がないのも、安心して聴いていられる所以だ。そして、とても音楽的に程よく縦の線がずれつつ、フォルテで和音を鳴らす所では、その縦の線がピシリと合う。そのメリハリの良さというものが快感だった。

 高関健という人は、そのとてつもない勉強熱心と、音を美しく磨き上げる実力(これはカラヤン譲りか?)で知られている、と思う。今日の会場で配られた山形交響楽団定期演奏会のチラシを見ても、高関健(12月20日の第249回にシューベルト交響曲第6番をメインに登場)について「氏は楽譜の些細なミスや誤植をも見逃さず、シューベルトの本当の姿を浮き彫りにします」とある。彼の演奏に感じるよい意味での生真面目さや折り目正しさは、おそらく、そのような学究肌から来ているものだろう。6年前に、確か小林研一郎氏の後任として東京芸大の指揮科教授となった時には、そのニュースに接して、「これは適任!」と思ったものである。

 そんな高関氏の特質が最もよく発揮されたのは、アンコールで演奏されたシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲だった。大曲を演奏し終えた後の息抜きというのでも、お客さんへのサービスというのでもない、練り上げられた濃密な演奏だった。ハイドン交響曲を1曲聴いたくらいの充実感があった。

 昨日は欠席できない会議の予定があって、19時までに仙台へ出ることは無理だと思ったので、2日目のチケットを確保していたのだが、津波注意報で授業も会議もなくなったのだから、どうせ仙台フィル定期の「完売」はないのだし、昨日も来れば二日続けて聴けたのに・・・と思った。