ピアノロールによるラプソディ・イン・ブルー



 もはや先々週の話となるが、小曽根真がソロを弾いた「ラプソディー・イン・ブルー」を聴きに行った話を書いた(→こちら)。翌日、我が家にある唯一の録音、ジェームズ・レヴァイン(ピアノと指揮)+シカゴ交響楽団の演奏を聴きながら、せっかくの機会なので、何かもう1種類くらい録音を手に入れよう、と思い立った。小曽根真のものでもいいのだが、探せなかった。仮にあったとしても日本人、あるいはジャズのCDは高価なので、手を出す気にはならなかっただろう。

 そして見つけたのが、なんとびっくり、ジョージ・ガーシュイン自らの独奏によるCDであった。ガーシュインは1898年に生まれ、1937年に亡くなっている。録音は、1925年。さぞかし音質が悪いだろう、という心配は無用。1976年のステレオ録音である。どうしてこんなことになるかというと、ガーシュインは自らの演奏をピアノロールに記録して残していたからである。

 ピアノロールは、「自動ピアノ」とも言う。私は実物を見たことがない。特別なピアノを使い、長い巻紙に穴を開けることで演奏を記録していく。再生する時は、その紙をセットすると、紙を巻き取りながら、穴の位置に従って鍵盤が動くという仕組みである。オルゴールとよく似た原理だが、こんな原始的な単純デジタルで、どうして演奏のニュアンスまで再生可能なように記録できるのかは謎だ。聞く所によれば、穴は音の長さに比例して長くなる仕組みになっているらしいが、強弱はどのように記録されるのだろう?ともかく、レコードが一般化する前の時代に、少なからぬ有名作曲家・演奏家がピアノロールに演奏を残した。私もかつて、FMでマーラー自らがピアノで演奏する交響曲第5番の一部を聴いたことがある。

 CD付属の解説書によれば(=悪訳!)、ガーシュインはピアノを2度演奏して、1枚のロールに穴を重ねて開け、独奏だけでなく、伴奏も録音したらしい。いわば二重録音である。指揮者マイケル・ティルソン・トーマスは、そのロールから伴奏部分の穴を見つけ出して塞ぎ、独奏パートだけが鳴るようにした上で、伴奏を新たに楽団で演奏している。また、私は今回初めて知ったのだが、「ラプソディー・イン・ブルー」の伴奏部分はガーシュインではなく、グローフェによって書かれたらしい。グローフェはまず大きなジャズバンド用にアレンジし、その後、シンフォニーオーケストラ用にアレンジした。9月8日も含め、通常私たちが聴く「ラプソディー・イン・ブルー」は後者であるが、このCDでは「オリジナル版」として、前者すなわちジャズバンド用の編曲を使って演奏している。1925年にピアノロールで記録されたとは言え、ピアノを用いて音として再現されたのは1976年だから、録音悪かろうはずがない。特殊なのは、ピアノの演奏はアゴーギク(速度の揺れ動き)も含めて一切変えることができないので、指揮者は、最初にピアノ演奏を徹底的に記憶し、それに合わせて伴奏しなければならない、ということだろう。

 さて、聴いてみると、そのあまりの速さに驚く。レヴァイン+シカゴ響が16分3秒であるのに対して、ガーシュイン+トーマス+コロンビア・ジャズ・バンドは13分43秒だ。たったこれだけの長さの曲で2分20秒の違いは非常に大きい。アメリカらしさというか、ジャズらしい濃密さがよく伝わってくるいい演奏だな、と思うが、それはガーシュイン自らの演奏と知っていて聴くからそう思うだけかも知れない。ちょっと自信がない。ガーシュインのピアノが上手いことはことはよく分かる。こちらは自信を持って言える。ジャズバンドによる演奏にはまったく違和感がない。ジャズバンドとは言っても、ヴァイオリン8丁を含めて25人くらいの編成を要求しているようだから、違和感がないのもさほどおかしくはない。私の耳が悪いせいもあって、オーケストラ版と違いがはっきりしているのは、ドラムスの音が目立つくらいかな、といった感じだ。

 作曲者がこれだけはっきりとした演奏を残しているのであれば、その後の演奏者は、この速さをスタンダードとして演奏すべきではないのだろうか?もちろん、演奏はその時その時の気分で変わるものだ。まして、即興的要素の大きいジャズであれば尚更。ガーシュインだって、10年後の1935年に同じ速さで演奏していたかどうかは分からない。でも、そのような変化が起こり得ることも含めて「作曲者の意図の範囲」と言っていいのかどうか・・・。

 古くはラフマニノフやR・シュトラウス、新しいところではバーンスタインや譚盾(タンドゥン)など、自作自演の録音は少なくないけれど、このCDの成り立ちは特異である。録音のいきさつに関する記録(解説)も含めて、十分に楽しめた。あえて言えば、「パリのアメリカ人」「セカンド・ラプソディ」の2曲を合わせてわずか46分半のCDなのだから、ガーシュイン自らのピアノ伴奏による「ラプソディー・イン・ブルー」(ロールの穴を一切塞いでいないバージョン)も入れておいてくれるとよかったのに・・・。それだけが少し残念だった。