温泉卵で童心に返る



 新人大会は3日間、とは言っても、須金岳登山は1日で完了するので、1日目と3日目は何をしているのか、ということになる。もちろん、1日目は午後だけ、3日目は午前だけしか使えないので、まとまった山歩きはできない。その上、何しろ「大会」であるから、様々な審査・筆記試験というものがあり、更に、学習の機会でもあるということで、講話なるプログラムまで用意されている。生徒はなかなかに忙しい。

 一方、顧問は、大きく分けて、「行動」「設営」「審査」という三つの係に分かれていて、私がいつも交ぜてもらっている行動隊なるグループは、山中での行動の面倒だけを見て、キャンプサイトに戻れば設営隊に引き継ぎ、後は翌日、設営隊から引き継ぐまで例の「ぐだぐだ」をしていられる。審査の人たちだけは、山中と言わず、キャンプサイトと言わず、常に動き回っていて休む暇が無い。多分、採点・集計などもあるので、1日18時間勤務くらいだ。その体力を、私なぞは羨ましくさえ思う。もちろん、登山競技大嫌いの私は、「競技」の中枢である審査員になりたいとはゆめゆめ思わないし、それを知っている運営者(総務)も、私を審査員にしようなどとは考えない。世の中はこうして、なあなあでそれなりに回っていく。

 さて、今回の3日目は、いろいろな場所で行われる大会の中でも、まれに見る暇な半日であった。会場である吹上高原キャンプ場には温泉施設があって、登山大会としては珍しく、生徒に入浴の時間がある。7時から9時半の間に、男子は6パーティーずつ各30分、女子は4パーティーずつ各40分で入浴し、残った時間で班ごとに地獄谷散策に出掛ける。行動隊の教員も、風呂場の中まで付き合ったりはしないので、午前中の勤務は、自分が受け持つ班の地獄谷散策45分間だけである。しかも、最終組が地獄谷から戻るのは9時45分だが、閉会式は11時半からで、その間もプログラムは何もない。

 今回の大会は、天候に恵まれ、2日目と3日目は正に雲一つ無い秋晴れであった。日射しはやや強かったが、気温は20度、爽やかな高原の風がわずかに吹き、キャンプサイトの芝生にシートを敷いて昼寝をするにしても、車座になって四方山話にふけるにしても、その場にいるだけで気持ちがいい秋の一日だった。ところが、それでも、人間というのは暇だといろいろ考えるものである。

 O先生とS先生は、退屈を持て余した挙げ句、この時間で温泉卵を作ろうと思い立った。鬼首の古い集落にあるT商店に行った所、卵が25パックあった。二人はそのうち20パックを買って戻ってきた。そのタイミングで私が誘われた。やはり暇を持て余していた私は大喜びで、彼らと温泉卵作りに行くことにした。目指すは、つい先ほど生徒と行ったばかりの地獄谷である。

 ここは100度近い熱湯のわき出す穴がいくつかある。そのうちの一つには、わざわざ「卵湯」という名前が付けられている。直径・深さともに数十センチの壺型で、確かに温泉卵を作るには程よい温泉溜まりである。私たちは、せっせとパックを開け、玉ねぎをいれる赤いネットに移し、50個ずつ湯に浸した。この頃には、地獄谷で立ち番をしていた教員も、一人二人と集まってきて、かなりの賑わいになっていた。

 ゆで卵であるから、熱いお湯に浸ければ出来るのは分かるが、何分で程よい温泉卵になるのかは誰も知らない。いい大人が、きゃあきゃあ言いながら、ネットに卵を入れ、お湯に浸け、時間を計り、何分くらいがいいのか試食して大騒ぎをする。バカバカしいと言えば実にバカバカしいが、平和で罪のない娯楽だと言えば、確かにその通り。これほど無邪気に大騒ぎをし、参加者全員に卵を配って喜んでもらえるのだから、結構な話である。私も童心に返って楽しむことが出来た。

 さて、肝心の温泉卵であるが、旅館の朝ご飯に付いて来るような卵にはなかなかならない。すぐにゆですぎてしまい、ただの固ゆで卵になってしまう。加えて、近くにはお湯ばかりで冷水がないので、皮をむきやすくするために冷やすことも出来ず、余熱があるからますますゆで具合が進んでしまって、程よいタイミングが見出しがたい、ということであった。イメージどおりの温泉卵が作れるようになるためには、少なくともあと2〜3回は鬼首に行く必要がありそうだ。ちゃんちゃん。