手の届かないものに対する憧れ

 なにしろ、6Kだけを見るために行ったわけではない。特に、リクルートスタイルの学生達は、むしろ、やがて自分たちの職場になるかも知れない船内の方が身近な関心事であるはずなので、わずか15分くらいしか立ち止まることはできなかったが、パイロットのKさんから、直接6Kの構造や潜行中の話を聞けたことは嬉しかった。
 円錐形の分厚いアクリル塊をはめ込んだ小さな窓から操縦室兼観察室をのぞくと、ハッチから下りている金属製のはしご、様々なスイッチや計器類、ハンドル(船の進行方向を変えるためのものではなく、マニピュレーター(採集用のアーム)を操作するためのもの)、電線といったものがおびただしく見えた。座席はない。狭いスペースに長い時間いて、なおかつ三つの小さな窓から海中のいろいろな方向を観察しやすいように、マットが敷いてあって、自由な姿勢をとれるようにしてあるのである。「本当は中に入っていただけるといいんですけど、今日は学生さんもいますしねぇ・・・」と、Kさんは本当に申し訳なさそうに言った。
 実は、後から見せてもらったのだが、JAMSTECには「海洋科学技術館」という資料館が設置されている。けっこう大きな独立した鉄筋コンクリートの建物だ。その中には6Kの実物大模型があって、操縦室に入ることもできる。内部の計器やスイッチ類は本物に比べると簡素で、いかにも「おもちゃだな」という感じがするが、操縦室の大きさを実感するためには、本物で小窓からのぞき込むよりは余程いい。ただし、こちらは上部のハッチからはしごで入るのではなくて、壁面に出入りするための穴が開けてあって、そこから入る。人が自由に出入りできる大きさの穴なので、直径2mの球の中に入ったという圧迫感は体感できない。シートの座り心地や、視界を確認できるに止まる。
 6Kを見た後、新青丸も含めて、再び船内巡りをし、海洋科学技術館を見ると、最後に連れて行ってくれたのは二つの格納庫だ。一つ目は、深海巡航探査機「うらしま」と6K、二つ目は無人探査機「かいこう7000-Ⅱ」や「かいこうMk−Ⅳ」、「ハイパードルフィン」といった機器の点検整備をするためのものだ。「よこすか」の格納庫にあった6K以外、すべての探査機があって、メインテナンス作業をしていた。それぞれがどのような性質の機器かということは、JAMSTECのホームページを見れば分かるので、ここには書かない。特殊な構造の探査機を、分解修理できる人たちの能力というのはすごいものだな。
 「かいこう7000」は、その名の通り、6Kを上回る7000mまでの調査が可能だ。かつて活躍していた「かいこう」は、10000m以上、地球上で最も深い場所にも到達可能だったから、それから思うと、今の機器はグレードダウンしていることになる。では、再び10000級の、しかも有人の潜水調査船を作る予定があるのかというと、そうでもないらしい。というのも、10000mを超える場所というのは、地球の亀裂のような場所で、面積からするとあまりにも小さい。6500mまで潜れる6Kがあれば、海全体の98%が調査可能なので、膨大な経費をかけてまで、それ以上の深度を目指す必要がないのだそうだ。
 わずか4時間、いや、会社に関するレクチャーを除くとわずか3時間の駆け足ツアーだったが、ともかく、日本の深海探査の最前線に触れることが出来たのはよかった。だが、通り一遍見ただけ、というモヤモヤも残った。部外者の限界、である。
 実はもう一隻、どうしても見てみたい船がある。それは地球深部探査船「ちきゅう」だ。今年2月17日のNHK「探検バクモン」で「ちきゅうと地球のヒミツ」として取り上げられたから、見た人もいるかも知れない。知らない人は、一度、写真だけでも探してみてみて欲しい。姿を見ただけで本当にびっくり仰天の巨大工場船だ。洋上に静止してボーリングを行い、海底下7500m、マントルまで掘り進むことができる。約57000トンで、「よこすか」の10倍以上、JAMSTECの船の中で圧倒的に大きい。ところが、残念なことに、JAMSTECの船の中で、「ちきゅう」だけが日海事ではなく、グローバル・オーシャン・ディベロップメント(GODI)という会社によって運行されていて、この会社には宮水の卒業生が入っておらず、求人票ももらったことがなく、従って付き合いがない。だから、見学となると、希少な一般公開の日を狙っていくしかない。これは難しい。作業の規模が大きいため、「よこすか」よりも洋上にいる時間がはるかに長いからである。
 仕方がない。手の届かないものに対する憧れの感覚を「ロマン」と言う。それをゆっくりと温めていることにしよう。