仙台中央卸売市場を訪ねる(2)

 仙台中央卸売市場は、一般の見学が可能だが、事前に書面で申し込みをすることが必要で、しかも、午前9時以降である。つまり、宮水が「面白くないから止めた」という、物がすっかりなくなった後の市場しか見学できないのである。だから、この日は正に「地元の水産高校特権」を駆使しての市場見学だったわけだ。仲卸の店には卒業生が何人も働いているし、毎年求人票も出していただくので、私たちは卒業生の激励と、職場の方々へのご挨拶、今年の採用・就職についての情報交換のために行った。
 これは本当に楽しかった。アジアの市場を彷彿とさせる活気と、雑然とした雰囲気があって、その場にいるだけでワクワクしてくる。売られている水産物の種類も豊富で、水族館的な面白さも大きい。細い通路を、フォークリフトや電動の運搬車が絶えず走り回っているので、確かに30人の生徒を連れての見学は出来そうにないが、教員一人が生徒3人を連れて、というくらいなら、出来なくもなさそうだった。そうすれば、就職希望者も増えるのではないか?と思った。
 お店の方々は、忙しい最中であるにも関わらず、本当に気持ちよく迎えて下さった。S社で、「先生、この人宮水の大先輩だかんね・・・」と紹介していただいたMさんに尋ねてみれば、入社は54年前だとか(笑)。私が生まれる前からここでマグロを切っているわけだ。びっくり!私が心配していた今春の卒業生Hも、T社のマグロ部門で本当に明るい表情で仕事をしていた。出勤は午前3時。東松島の家を2時に出て通っているが、苦にならないと言う。見れば、職場の人々みんなが楽しそうに仕事をしている。この日見た多くの店の中でも、とびきり雰囲気のいい店だったような気がする。よかった、よかった。
 見物も兼ねてうろうろしながら、いろいろな店の方とお話をしたが、二つの話が印象に残った。一つは女子職員の話だ。仲卸は元々男の職場だった、ところが最近、女子が応募してくるようになった、心理的抵抗もあり、女子用の設備が限られていることもあって、二の足を踏んでいたが、採用してみるとよく働くし、男子よりも定着率がいい、女子だから事務職にしてあげようなどと言っていると、逆に、現場に置いてくれと言われる、女子はなかなか根性がある、というような話だ。もちろん、裏には「今時の男子はどうなっているんだ?」という気持ちが込められている。私も以前、山岳部の話などで、女子が強いということは書いたことがあるような気がするが、男の世界=市場でも同じなわけだ。
 もう一つは、S社の方に言われた「高卒は歩留まりが悪い。だけど、後継者を育てようと思えば採り続けるしかない」という言葉だ。「歩留まりが悪い」とは、離職率が高いことを意味する。おそらく、高卒3年後までの離職率過半数に達する。採用のための手間、教育のための手間を考えると、会社としてはロスが非常に大きい。だから、計算できない高卒新人を採るよりは、多少お金を掛けてでも、アテになる人を捜してきた方がいい、という会社もある。私も、ある会社の人事担当者に、「高卒は懲りました。もう採りません」と言われたことがある。だが、だからといって、全ての会社が高卒を採らなくなれば、彼らは就職できずにフリーターやチンピラになるか、モラトリアム大学生になるしかなくなる。意味合いは違うが、どちらにしてもいわば社会のお荷物だ。そんなことを考える時、S社の言葉は、大人もしくは会社の社会的責任というものを正面から受け止めた、大変立派な言葉(考え方)に思われてくる。なんだかひどく感動的だった。
 ふと気が付けば、朝食も摂らずに8時半になっていた。今まで求人票でだけ知っていて、実態をイメージすることすら難しかった世界が少し見えたという充実感とともに、なんだかいい人にたくさん出会えたなぁ、という快い気分に浸れた。
 生徒は市場内にある飲食店街の一角で、すっかり待ちくたびれていた。見学実習はまだまだ続く。(市場編は終わり)