ユダヤ人の血・・・エルサレム交響楽団のマーラー

 休筆の2ヶ月間で、音楽を聴きに行ったのは3回。多いようだが、そのうち2回は11月で、本来、11月には余裕を回復しているであろうという見込みで買ってしまったチケットだった。
 1回目は9月24日。この10年ほど恒例の、東北学院大学レクチャーコンサート「時代の音」の今年度第1回。今年のテーマは、待ちに待った「トランペット」である(この楽器に対する私の思い入れ等は→こちら)。ゲストはジャン=フランソワ・マドゥフ。共演者もファゴットの堂阪清高、オーボエの三宮正満他の豪華版。マドゥフは、管に一つの穴さえ開いていない正真正銘のナチュラル・トランペットを携えて登場。ただし、演奏されたのはフランス・ヴェルサイユの宮廷音楽で、短い曲ばかりなのに、なぜかプログラムに載っている曲を端折りながらの演奏会であった。「ただし」と書いたのは、やはり私がドイツ物の方が好きだからである。確かに演奏(音色)は素晴らしかったのだが、どうも私はあのアムステルダムバロックオーケストラ(ABO)のトランペットの音を、一つの模範として持ち過ぎてしまっているようだ。それ故に、どうしても心の底から素晴らしいとは思えなかった。ABOの呪縛から、今後逃れられる日は来るのだろうか?
 2回目は11月6日。カンケイマル・ラボで開かれた鈴木美紀子のソプラノ・リサイタル。題して「白い鹿とオリーブの花」。ラボ(→こちら)が会場というだけでなく、伴奏者として「つのだたかし」氏が登場というので、鈴木氏には申し訳ないが、そちらに引かれて行った。小さな、定員40名という会場で、リュートという楽器を間近に見、それについてあれこれ話が聞けるという期待もあった。残念ながら、終演後のお食事会には参加できなかったが、「つのだ」さんと多少の話をし、リュートについても教えていただいたのでよしとする。会場が小さく、演奏者が無理に音を出そうとしないので、優しく気持ちのよい響きに身をゆだねることが出来た。テーマであったフランスの恋の歌は、ほとんど名も無き詩人と作曲家によるものだったが、このような恋に関する詩の陳腐さ、軽薄さはお話にならない。歌詞の意味など考えずに、響きを楽しむに限る。
 3回目は11月23日。東北大学萩ホールで開かれたエルサレム交響楽団の演奏会。曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲とマーラー交響曲第5番。指揮は西本智美、独奏はドミトリー・ヤブロンスキーという顔ぶれであった。
 西本智美という指揮者の演奏に接したのは、録音も含めて初めてであった。商業主義的なクラシック音楽界を代表するような人だという印象があった。おそらく、本人が悪いのではなく、マスコミが悪いのだ。私は特に興味はなかった。指揮者の名前を見てチケットを買ったのではなく、ユダヤ人のオーケストラがユダヤ人、私の大好きなマーラーを演奏することに引かれたのである。 
 エルサレム交響楽団の演奏会には、エルサレムの街で1984年1月の10日頃に一度行ったことがあって、多少の思い入れも持っていた。その時の指揮者はエルネスト・ボーアで、ハイドン交響曲第70番、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番(独奏:イーガル・トゥネー)、休憩を挟んで、チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」、ルーセル交響曲第3番というプログラムだった。「ロココ」は、このオーケストラの首席チェロ奏者であったアレクサンダー・カガノフスキーという人が独奏者だった。これがたいへんな名演!演奏が終わった後、何度も何度も拍手でステージに呼び戻された上、拍手が一段落して、カガノフスキーが再びトゥッティ奏者としてステージに現れると、また大きな拍手がわき起こり、ブラヴォーの声が飛ぶという珍しい経験をさせてもらった。この時の「ロココ」は、私がライブで聴いた協奏曲(正しくは、独奏付き管弦楽曲か?)の歴代ベスト3に入る、と今でも思っている。この印象が、エルサレム交響楽団の印象となって、私の中で尾を引いているわけだ。私がエルサレムの街でこのオーケストラを聴いてから既に30年以上。残念ながら、今回のメンバーに、当時40才くらいだったと思われるカガノフスキーの名前はなかった。
 ドヴォルザークは、オーケストラが凸凹していて、つまり楽器の音が溶け合わず、なんだか変だな、と思いながら終わってしまった。そして、マーラーは一転。本当に、これ、さっきと同じオーケストラかな?といぶかしくなるほど、凝縮された一体感のある素晴らしいマーラーだった。私はユダヤ人指揮者によるマーラーは何度か聴いたことがあったけれど、ユダヤ人オーケストラによるマーラーは初めてだった。やはり血というのは絶対にある。ドヴォルザークとの出来の違いを思うに、指揮者とは関係なく、これはやはりユダヤ人の血による快演なのだ、と思わされた。
 そういえば、チケットを買う時、チェロの独奏者がヤブロンスキーという人だとあるのを見て、私は、なんだか聞いたことのある名前だなぁ、どこで聞いたことあったんだっけなぁ、と記憶を一生懸命掘り起こそうとしたが、思い出せなかった。まぁ、「〜スキー」とか「〜ヴィチ」とか「〜ロフ」といった名前は、ロシア系なら珍しくもなんともないので、聞いたことがあるような気になっているだけかも知れないと、思い出すのをあきらめ、調べもせずにいた。前半終了後の休憩時間に、有料プログラムの見本を見ていたら、つい先ほどチェロを弾いていたヤブロンスキーが指揮台に立っている写真が目に止まった。へぇ、この人は指揮者でもあったんだ、と思った瞬間、私は思い出した。私のよく聴くCD、伊福部昭シンフォニア・タプカーラ&リトミカ・オスティナータ」(ロシア・フィル、NAXOS)を指揮していたあの人だ!メジャーなレーベルでCDを出すくらいの指揮者が、独奏者として(弾き振りではなく)ステージに登場する演奏会というのは珍しい。なんだかひどくお得な気分になった。ま、音楽をどう受け止めるかということとはあまり関係がないのだけれど・・・。