発酵食堂カモシカ…京都・奈良家族旅(4)

 京都界隈に、会いたい人が何人かいた。いろいろ考えた結果、2人に連絡を取り、そのうちの片方と酒が飲めた。前々任校・石巻高校の卒業生Sである(→参考記事)。
 3年生の時に私が担任だったのだが、卒業後はアメリカの大学に進んだ。本人が、アメリカに行きたいと言い出した時、私を除く全ての人が(強固に?)反対した。私は、自分がやりたいと思ったことを実行して失敗しても選択を後悔したりはしないが、実行しなければ後悔や未練を引きずることになる、それが人間というものであろう、と思っている。失敗した時に、「平居先生があの時止めてくれないから・・・」などと言うやつがいたら、「甘えるな!!」と一喝するだけのことである。だから、意思を問い直す必要はあるにせよ、反対するという発想はなかった。必ずしも、Sならアメリカに行っても大丈夫だ、などという確信があったわけではない。無責任とも言える。
 アメリカから年に1度帰国するたびに、Sは私の所に来てくれて、アメリカでどんなことをしているか、面白おかしく生き生きと語ってくれた。その旺盛なチャレンジ精神と、それ故に導き出される成果の数々は、愉快を超えて痛快でさえあった。結局、Sは語学研修も含めて4年間で、ダブルメジャー(専攻が二つ。Sは確か経済学と心理学)の成績優秀で卒業し、東京で就職した。就職先は外資系の超大手企業(の子会社?)だったが、メールがつながればどこで何をしていても文句を言われない、などと不思議なことを言って、「勤務時間中」に敢行したのんびり一人旅の話を聞かせてくれた。
 ところが、前回Sに会ったのは9年半も前の2007年7月であった。奥さんと第1子、それにご両親もそろって、我が家に来てくれたのが最後だった。仕事の関係などもあって、この時、Sは既に京都に住んでいたし、子供もいることなので、さすがに落ち着いたサラリーマン生活を送っているのだろうと思い、時々は思い出しつつ、ご両親からの年賀状で断片的に近況を知るだけ、という状態になった。
 今回、ふとSに会ってみようか、という気になった。メールアドレスだけは知っていたので連絡を取ると、すぐに返信があって、27日に会うことになった。「嵐山の発酵食堂カモシカで待ち合わせ、そこから移動しましょう」と書いてあった。どうしてこんな面倒な待ち合わせ方になるのかな?と不思議に思った。もちろん私は、「発酵食堂カモシカ」などという店は知らない。
 27日、家族を宿に残し、私はわざわざネットで場所を調べて、指定された「発酵食堂カモシカ」に行った。JR嵯峨嵐山駅裏の小さな店である。外の明かりは消えているが、店内にはSがいた。カウンターを合わせて12席だったか。無垢の木と白壁が美しい、落ち着いた和風のお店だ。壁の棚には何かを発酵させていると思しき、大きなガラス瓶がずらりと並んでいる。「あ、平居先生お久しぶりです。ここがカモシカです。」と言い、続いて、カウンターの内側で片付けをしていた二人の女性を、「こちらが○○さんで、こちらが△△さん」と紹介し、更に、彼女たちに対して私のことを「これが平居先生。僕がアメリカに行く時に後押ししてくれた唯一の先生」と紹介してくれる。私が、「ずいぶん馴染みの店なんだね」と言うと、Sは意外だという表情で、「え?これ僕の店ですよ。先生に教えていませんでしたっけ?年賀状にいきさつとかも書いていたはずですけど・・・」と言う。こちらもびっくり仰天。私が「年賀状?お前、京都に住むようになってから年賀状なんて寄越したことないじゃないか」と言うと、Sは更に驚いた風に「え?本当ですか?毎年年賀状出していたつもりでしたが、それは失礼しました。」と言う。「もう一軒、すぐ近くに発酵マルシェというショップがあって、妻はそちらにいるので行きましょう。」・・・。
 かつてSの話を面白がって聞いていた時と同じく、ここから先は全て驚きの連続。元々、食には興味関心があり、その思いを同じくする奥さんと話し合いの上、「発酵」をテーマとして、3年ほど前にこの食堂を開いたという。会社を辞めたわけではない。最初に就職した会社とは違う、別の大手有名企業に勤めるかたわらの兼業店主である。届けを出せば、兼業について会社は文句を言わないらしい。半年ほど前から名古屋勤務で、単身赴任になってしまったが、休みがきちんと確保出来るので、週末だけ嵐山に戻って、店の状況を確認したり、ちょっとした作業をしたりすると、経営していくことが可能なのだそうだ。かつて経営コンサルタントをしていたという有能な奥さんの力も大きいようだった。店の規模も営業時間も、子育てに無理のない範囲で設定してある。しかし、類似の店がない強みだろう。多くの雑誌で取り上げられ、連日たいそうな賑わい。最近はついに『Lonely Planet』(英語の旅行用ガイドブック)京都編にも取り上げられたと言って、見せてくれた。なお、「カモシカ」とは、近くにカモシカが出るとかカモシカの肉を出すとかいうわけではなく、「醸し家」という意味での命名なのだそうな。なるほど。
 この後、私たち3人は移動して、市の中心部で3時間ほど酒を飲みながら語り合った。お土産に発酵マルシェの商品をいくつかもらった。健康に云々ということとは関係なく、どれもこれも純粋においしいのだけれど、特に「修道院ガレット」は絶品!!「カモシカ自家製の天然酵母で発酵させた生地を一晩寝かせて焼き上げました。クルミと干しぶどうのキャラメルクリームをサンドし、濃厚な食べごたえ。卵もバターも不使用。フランスの森の奥の小さな修道院でこっそり作られて、こっそり食べられているお菓子をイメージしました」とある。ちょっと高いけれど、パッケージもおしゃれだ。う〜ん、すごい。9年を隔てても、やっぱりSはSだった。(続く)