おしょろ丸(1)

 函館に戻る。
 8月17日から3日間、私は北海道大学水産学部練習船「おしょろ丸」に乗って、航海に出た。実はこれこそが、私が楽しみにしていた教員免許更新講習「選択領域」の授業だったのである。春までいた宮城県水産高校の教員間ではけっこう有名な講習で、私も前々から狙っていた。
 教員免許更新講習は、失効2年前から受講できる。昨年、私は暇だったので、まずこの「選択領域」の講習を受けてしまおうと考えていた。ところが、昨年の私は現状認識が大変甘かった。5月の連休中に申し込みの受け付けが始まるのだが、受け付け開始から1日か2日経った頃に、早めに申し込もうと思って、窓口になっている北海道教育大学のページを開けた時には、もう満席になっていた。そのことを同僚に話したら、笑われてしまった。とんでもない人気講習なので、受け付け開始の瞬間に「Enter」を押さなければ絶対に取れない、と言うのだ。
 今年の受け付けは、5月6日8:00開始だ。私には後がない。つまり、今年予約に失敗したら、また来年チャレンジすればいい、とはいかない。何が何でも予約を取らねばと、前の日にリハーサルまでし、当日は電波時計をPCの横に置いて、8:00ちょうどに「Enter」を押すべく、受け付けページを開いて待ち構えた。
 8:00になると同時にボタンを押した。予期せぬ画面が出た。何かを間違えたらしい。一つ戻ってもう一度ボタンを押した。今度は先に進めた。ドキドキしながらいくつかの操作をし、「予約を受け付けました」という表示が出た時、まだ8:02か03だったと思うが、既に「13/16」、つまり定員16名に対して13名受け付け済みの表示が出ていた。
 嬉しかったが、同時に、恐ろしい世界だと思った。乗船後に聞いてみると、参加者はみんな同じような思いで同じようなことをして、予約を「勝ち取って」いる。正に「秒殺」であり、かつての「カシオペアスイート争奪戦」(下に注)に匹敵する状態だ。申請書提出、受講料振り込みといった手続きが完了し、しばらくして大学から届いた受講者名簿で、私の名前はなぜか一番上にあった。そこで、他の受講者は、私が受け付け番号1番だと思ったらしく、「すごいですね」みたいなことを言われたが、誤解である。結局、名簿が何の順番かは分からなかった。
 ネットで公開されているシラバスの「講習内容」の欄には、「本講習は水産系高校において乗船実習や水産生物を担当する教諭に対応した、大学練習船を活用した洋上実技講習であり、水産科学に関する最新の調査研究や洋上教育を学ぶ機会を提供するものである」と書いてあるので、普通高校や国語科からは受け付けないとか、志望理由書の審査があるとかするのかと思ったが、そのようなことは全然なかった。ちなみに、受講手続き終了後に1名のキャンセルが出たらしく、参加者は15名だったが、内訳は、水産高校教諭3名(すべて函館)、その他高校教諭7名、中学校教諭2名、小学校教諭3名、所在地でいうと北海道11名、東京2名、宮城、愛知各1名、男性13名、女性2名であった。道内からの参加者が圧倒的に多いが、中には北見とか羽幌から来た人もいた。道内とは言え、北見は函館からJRで640キロ。仙台(510キロ)よりもかなり遠い。だから、相当広い範囲から、人々はこの人気講習を目指して集まって来ていたということになる。
 3日間、船に寝泊まりし、洋上を船で移動するのに、受講料は教室での座学と同じ、1単位1000円×18=18,000円である。いや、食費(6食分)として別途2,140円が徴集されたので、その分だけ座学よりも高い。加入を勧められた保険に私は入らなかったが、入っていれば更に2500円ほど余計にかかる。それでもその程度である。食事は豪華で美味しいし、貴重な体験であることを考えれば、本当に安い。
 おしょろ丸は約1600トン。乗組員が33名いて、他に66名を載せることが出来る。ということは、もちろん私たち15名だけがゲストではない。東大大気海洋研究所の大学院生4名、グローバル・サイエンス・キャンパス事業で選りすぐられた高校生10名、北大のスーパー・グローバル・サイエンス事業に参加している短期留学生(タイ6、中国2)と北大生2名、そしてそれぞれの団体の引率者計4名、授業を担当して下さった先生が、教授から助教までで6名、更に短期支援員という肩書きで講習を補佐する北大水産学部の学生4名、合計53名が乗った。
 函館市電の終点「函館どっく前」から、霧雨の中を15分歩いて国際水産・海洋総合研究センターに行く。その前が、おしょろ丸の停泊する弁天埠頭である。集合は10時。私は9時40分頃に乗船した。学生食堂で受け付けを済ませた後、船内を簡単に案内してもらい、部屋でベッドメーキングをし、昼食を取ると、いよいよ出航である。13時。船は静かに岸壁を離れた。


(注)東京〜札幌の豪華寝台列車カシオペアには、「スイート」という展望室があったが、それは1編成に1室しかないため、切符は常に発売と同時に売り切れていた。