新聞泣かせのオリンピック

 オリンピックの閉幕まで1週間を切った。驚くのは、競技開始時刻の遅さだ。夜9時を過ぎてから始まる種目が相当数ある。スキージャンプ男子NHだったかは、悪天候による中断もあって、確か日付が変わるまで終わらなかった。
 言うまでもなく、ヨーロッパでテレビ中継がほどよい時間に見られるようにという配慮である。一流選手の技は美しく魅力的だし、それを出来るだけ多くの人が享受できるようにすることは大切だ。だが、そんな人々の喜びよりも、最近のオリンピックは結局「金(かね)」なのさ、という白けた気持ちはどうしても生まれてくる。
 ヨーロッパ人にとってはいいかも知れないが、つらいのは日本の新聞社だ。競技の終了時刻と、入稿の締め切り時刻が常に競い合っている。
 我が家は毎日新聞河北新報、2紙を購読している。仙台に本社のある河北は高梨も小平も、メダル獲得を大々的に報道していたが、東京に本社がある毎日はそれを伝えられていなかった。それでいて、電車に45分揺られて学校に行くと、同じ毎日新聞で、高梨も小平もメダル獲得を決めた状態で第1面を飾っているから、石巻の版と、仙台・塩釜の版とでは、それだけ締め切り時刻に差があるということなのだろう。なんだか、この時差から新聞社内のドタバタが想像できるようで面白い。
 今朝の石巻毎日新聞は滑稽だった。第1面の左上に、試合前練習で滑る小平の写真が載り、「小平いよいよ決戦」と大きな見出しが付いている。どう考えても、この新聞を読者が手にする時には、小平のレースは終わって、結果が出ている。みんなスマホを持っていて、リアルタイムの情報を手に入れるなんて朝飯前だ。それでいて、朝刊の記事に「いよいよ決戦」はないだろう。新聞記者が夢中になっていて、自分の書いている記事が読者の目に触れる時間のことなんか考えていないか、締め切り直前に小平の結果が出て、それがメダル獲得だった時に、レイアウトを大きく変えることなんて出来ないので、「小平」で差し替えが利くようにしたか・・・どちらかであるに違いない。
 そう思うと、新聞のいろいろな場所に、そんな工夫や苦労が表れていることが感じ取られてくる。デジタルのメディアだと、こんな現象は起きないだろう。新聞が人間的で魅力あることの理由のひとつである。ある種の不自由さが魅力となる。万事そんなものだ。