遠い南極(5)

(4月28日から続く)

 私が県庁を訪ねて3日後の1月25日、2時間目の授業が終わって職員室に戻ると、教頭から「校長がお呼びですよ」と言われた。急いで校長室に行くと、「あ、平居さん、おめでとう。県から電話があって推薦出すってよ。粘り勝ちだね。」と言われた。
 これは嬉しかった。南極に一気に近づいた、と感じた。私が熱弁を振るった結果であるのは当然だが、それでも、県が私の話のどの部分に説得力を感じ、過去9年間の内部決定を覆してまで印を押す気になったのかは見当がつかなかった。ただ、自分の権限では出来ないと言いつつも、T先生が真面目に課長(文科相から出向してきているキャリア官僚)らを説得してくれたからに違いない、と想像は出来た。私はすぐにT先生に電話をかけた。T先生は「私にはこんなことしか出来ません」と、さりげなく言った。「こんなこと」以上にどんな出来ることがあり得るのだ?
 校長は、その場で自分自身の推薦状を書き、許可証と合わせて職印を押すと、私が準備した書類と合わせ、「明日、県に行く用事があるので、出してくる」と言ってくれた。県からは、2月2日に書類を発送した旨、連絡が来た。
       *
 さて、ここで一度時間を戻し、自分が準備する書類のことを書いておこう。所定様式について興味のある方は、極地研のホームページを開くと、実物が簡単に手に入るので、それを参照して欲しい。
 「申込書」は、本当にただの「申込書」である。
 「履歴書」には「応募動機」を書く欄があるが、わずか5行ほどしか書けないので、自分を売り込むには難しい。多少なりとも特徴があるとすれば、「寒冷地及び積雪期の経験」「海外旅行及び海外生活の経験」「スポーツ歴」「パワーポイント、word、Excelや簡単な動画編集などのPCの操作スキルの有無、経験等」という欄があるくらいだろうか。しかし、これらとてせいぜい5行分くらいの小さな欄だし、南の方の県からでも採用はあり得るだろう、海外旅行経験やスポーツ歴の有無が南極へ行くことと関係するとは思えない、などと考えると、選考の材料にするのではなく、採用が決まった後で参考にする、という程度の位置付けではないかと想像した。あるいは、4ページのうち最後の1ページが、丸々「その他」となっているので、ここに自己アピールを作文すべきなのだろうか?私は、著書や論文、ブログについてのデータを簡単に書いただけである。
 「健康状況の分かる書類」とは、「所属先等での直近の健康診断結果」と南極派遣プログラム用の「健康調書」であるが、前者には問題があった。10月2日に受診した人間ドックで、今までにない異常値が出たことである。昨年来、ダイエットや健康維持に関する記事を何度かこのブログに書いたが(→生活改善宣言)、それは、今にして白状すれば、健康上の問題で南極派遣不採用になることだけは絶対に避けなければならない、という危機感に基づいたものである。単に体重が増えたとか、脂肪肝らしきデータだとかいうだけで、真っ青になって生活改善に取り組んだわけではない。
 生活改善運動は驚くほどの成果を上げ、年明けに掛かり付け医で行った検査では、理想的な数値が並んだ(→こちら)。募集要項には、「所属先等での直近の健康診断結果(無い場合はお手数ですが、受診医療機関での再発行をお願いします。)」と書かれている。「等」と書いてあるのをいいことに、私はその年明けの結果表のコピーを送った。
 南極派遣プログラム用の「健康調書」は、なんと9ページにも及ぶ詳細なものだ。なにしろ昭和基地にいる医師は2名。しらせには歯科医も含めて何人かの医官が乗船しているらしいが、それでも、日本国内にいる時と同じ医療が受けられるわけがない。従って、事前の健康チェックはどうしても厳しくなるのだ。
 とは言え、初めて血圧を測定したのはいつで、その時の値は幾つだったかなどという、どう考えても答えられる人がいるとは思えないような問いを含むアンケートのようなものである。分からないものは分からないとし、分かる範囲で淡々と回答した。「既往歴」の欄に「C型肝炎」を書き、「経過」欄に「治癒」と書いたものの、問題とされることを恐れて、1月に掛かり付け医に行った際、改めてC型肝炎のウィルスチェックをしてもらい、「陰性」であるとの結果票を添付した。(続く)