月謝袋を持たせよ

 大学生の不勉強、学力低下は今に始まったことではない。岡部恒治他『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)が衝撃を与えたのは、既に20年近く前、前世紀も末の話であるが、その後、改善傾向があると指摘した人を一人として見たことがない。高校も含めて、事態はむしろ一層深刻化している。
 全国大学生協組合連合会が毎年行っている大学生の生活実態調査の昨年の結果によると、読書時間ゼロの大学生は過半数に上る(私が憶えている最も早い一般紙の報道は、今年1月13日の読売新聞)。これはイコール、勉強を全くしない大学生が過半数に上るということである。本を読むだけが勉強ではない、というのは屁理屈というものである。本を読むだけで勉強が出来るわけではないが、本を読まずに勉強することもまた不可能だ。
 一方で、半数近くの大学生において、スマホの利用が1日に3時間を超え、1時間以上となると9割を超える。当然、書籍費ゼロの学生が過半数である一方、スマホには1万円前後、或いはそれ以上のお金をかけていることになる。高校生でも、月に数千円のスマホ代は気にならないのに、1冊2500円の辞書は高くて買えない、もしくは買う気にならないとぼやいている生徒がいくらでもいる(学校によってその%は大きく異なるだろう)。
 生活が困窮していて授業料が払えない大学生が少なからずいる、返済不要の奨学金を拡充しろ、授業料を大学も無償化しろ、いや、出世払いだみたいな議論はよく耳にするが、私は基本的に必要ないと考える。優秀な、あるいは向学心に満ちた一部の学生のための枠があれば十分だ。人手不足と言われるご時世に、勉強しないこれだけ多くの若者が、大学生という地位にあって惚けていることの方が問題だ。
 先日、勤務先の高校で授業を担当しているクラスの生徒に対して、ちょっとしたきっかけから、高校と大学の授業料の話をした。大雑把なところで県立高校が年に約12万円、国立大学が約65万円、私立大学文系が約100万円、理系が約150万円、医学部だと約500万円(授業料ではなく、在学中に納付する総額を年数で割ったもの)・・・みたいな話だ。生徒の目に驚きの色が浮かぶ。そして、彼らに、年12万円の授業料を払っている実感があるか?と尋ねると、一様に首を横に振る。いや、そもそも、自分たちの授業料がいくらかを知っている生徒が一人もいない。それはそうだろう。一応、生徒の手を経て文書が親に行くわけだから、その数字を目にする機会があるとは言え、親の口座から自動的に引き落とされるか、親が銀行に振り込みに行くかだとすれば、お金を払っているという実感を生徒が持てないのは当然である。
 ふと思った。これは大学生でも同じことだろう。彼らが勉強しないことの背景として、自分たちの大学生活の価値を実感できないことがあるのではないか?何事も価値を金銭に還元しないと考えられない、というのは困ったことだが、ひとまず、自分の学生生活にどれだけの授業料が支払われているか、いや国や自治体の補助金も含めて、どれだけの経費がかかっているかを実感することを通して、大学生活の価値を考えることは大切なのではないだろうか?そのためには、親の口座から自動的に授業料を引き落とすのではなく、「月謝袋」を持たせて、毎月、現金を学生が大学の窓口に納付する制度にすればよいのではないか?私立理系で月10万円。これを毎月窓口に持って行けば、学生の意識は変わると思う。
 更に、納付の際に発行する領収書には、学生から受け取った金額だけではなく、総額(大学を経営するのにかかっている総額を月数12と学生数で割った額)と補助金助成金の額も書いた方がいい。例えば、次のような形だ(金額はあくまでも例)。

「領収書 金10万円也(ただし、5月分授業料の自己負担金として。26万円から国の補助金16万円を除いた額)」

 つまり、公的助成も含めて経費を自覚させ、自分の学生生活を支えてくれている社会に対する感謝の念をも育てていくべきなのだ。それが、卒業後、必ずしも自分の利益のためではなく、社会のために働くという公共心・使命感を育てることにもなるだろう。
 もちろん、滞納は増えるだろうし、大学として集金事務に人手を割かれるというデメリットはある。しかし、滞納を続ければ進級、卒業を保留→不認定すればいいのだし、どっちみち低学力、不勉強対策に教員が頭を悩ませ、無駄なエネルギーを費やしているわけだから、集金業務にエネルギーを費やすことで、そちらを減らすことができる可能性を探ってみるのは、決して悪いことにも思われない。
 根本的解決は、本当に勉強したい人だけが大学に進む、既に社会人になっていても、大学で学びたいと思った時には大学に進める、ということなのだけれど、現時点では理想論、机上の空論とバカにされるのがオチだろう。それよりは、「月謝袋」がはるかに簡単。どこかの大学で、一度試してみないかなぁ?