サファイア色のトビウオ

 昨年の今頃、石巻市街地の北上川に面した一角に「石巻元気市場」というお店がオープンした。地元の水産加工業者などが共同出資して作ったもので、1階がお店、2階が食堂になっている。
 私は当初、身近なスーパーも震災でなくってしまったままなのに、観光客用の物産店ばかり立派なものを作って・・・と、少し不満を感じていたのだが、試しにと思って見に行ってみると、これがなかなかいい。いかにもお土産然としたものだけではなく、産直野菜の売り場も、魚屋も、安くていい物をそろえているのである。その後、毎週末の買い物の時には、ここに立ち寄ることがほとんどルーティン化してしまった。
 思うに、一見の観光客だけが相手の店というのは、そもそも長続きしないのではあるまいか? 地元の住人が支持し、足を運ぶ店であってこそ経営が安定し、観光客にも喜ばれる店にもなるに違いない。おそらく、この店を支持する住人は我が家だけではない。それが何より証拠には、最初は売られていなかったと思う安い肉類や、調味料の類いも売られるようになっている。この店だけで全てを間に合わせるご近所さんの存在をうかがわせるものである。目当てであった観光客らしき人々もそれなりにいて、いつも賑わっている。
 さて、経営云々という話はともかく、昨日も私は娘と一緒に行ったのである。いつもどおりまず魚屋を見に行くと、トビウオが売られていた。トビウオを見るのは本当に久しぶりである。そのあまりにも見事な「青」に、娘ともども思わず歓声を上げた。同じ青魚でも、トビウオの青の美しさというのは、イワシ、サンマ、サバ、アジなどとはまったく違う。透明感と明るさのある高貴な青である。サファイアの切片を鱗として貼り付けた感じだ。
 青魚の背中側の青というのは、空から見た時に保護色の役割を果たしている。ということは、トビウオの背中の色は泳いでいる海の色だということになる。こんな色の海が見わたすかぎり続いていたら・・・。娘としばらく見入りながら、私の脳裏ではそんな大海原へと想像が広がっていた。
 トビウオが美味であることはよく知っている。トビウオのことを「アゴ」とも言い、アゴ出汁の素はどこでも手に入るので、我が家でもよく使う。塩焼きは絶品だが、なにしろトビウオを売っているのを見る機会がほとんど無いので、それを食べる機会もまた非常に少ない。これはチャンス!と思ったものの、「元気市場」に行く前に立ち寄ったスーパーで、中型のサバを2本買ってしまっていたので、涙をのんで買うのを断念した。帰宅後、サバを捌いてみれば、見かけによらず身の傷みが激しくてがっかり。同時に、「元気市場」で見たトビウオの残像は、ますます激しい輝きを放ち始めるのであった。