高まる「マタイ」への期待

 昨日の午後は、古巣(と言うのも少しおこがましいけど・・・)仙台宗教音楽合唱団(宗音)の第38回演奏会に行った。常任指揮者・佐々木正利先生の指揮で、オラ・イェイロの合唱作品から4曲、H・シュッツの「ヨハネ受難曲」、C・グノーの「聖セシリアの荘厳ミサ曲」という豪華版。シュッツにしてもグノーにしても、有名な作品であるにもかかわらず生演奏に接するのは初めてだったので、とても楽しみにしていた。ただし、グノーの伴奏は管弦楽ではなく、ピアノとボジティーフ・オルガン(編曲者不知)。アンコールでグノーの一部(クレドの冒頭)を繰り返したのまで含めると、全部で2時間半以上かかった。
 オラ・イェイロをいう作曲家を、私は知らなかった。曲ももちろん。1978年生まれの若いノルウェー人作曲家らしい。他の2人の大家の作品を演奏するに当たっての前座だと思っていたら、4曲で20分もかかる。長いだけでない。ア・カペラの、とても優れた作品である。歌詞は全てラテン語で、4番目に演奏された「セレニティ(おお、大いなる神秘)」だけ、チェロが一つの声部として加わる。録音が欲しいと思わせられたのは「本物」の証だろう。
 H・シュッツは、昨年に引き続きのご登場。1666年頃、シュッツが80歳を過ぎた晩年の作品である。アルノルト・メンデルスゾーン(フェリックスのいとこの子)校訂版ということで、原曲にはないオルガン伴奏が加えられた他、冒頭と6つの場面の最後に任意の(!)コラールを置くことが提案されている。「校訂」を名乗りつつ、原典主義に真っ向から対立するかのようなロマン派的な編曲だ。昨日は、佐々木正利選曲で、バッハ作曲のコラールが配されていた。なるほど、合唱団の出番を増やすために、あえてこの版を使ったのだな、と納得できる。
 プレトークで指揮者も言っていたとおり、確かに、バッハのコラールが曲としっくり合っていたとは言えない。それが約50年という作曲された時代差の問題なのか、バッハとシュッツという個性の問題なのか、バッハ演奏を専らとしてきた合唱団の2人の作曲家に対する思い入れの違いなのかは判然としなかった。
 お恥ずかしい話、私はシュッツの曲はどれも似たり寄ったりに聞こえてしまうのだが、バッハの「ヨハネ受難曲」と頭の中で重ね合わせながら聴いていると、合唱を効果的に使ったきびきびとした音楽の進行が似ていて、約45分間、退屈している暇がなかった。
 グノーという作曲家は、名前が有名な割に、私のよく知らない作曲家である。CDを探してみれば、我が家にも、このミサ曲と歌劇「ファウスト」しかなかった。あと知っている作品と言えば、バッハ平均律曲集第1集第1曲の前奏曲をそのまま伴奏に転用した「アヴェ・マリア」(アイデア賞!!)くらいだろうか。
 熱心なカトリック信者で、神父になろうと思った時期さえあったようだが、「ファウスト」などを聴くと、少し俗臭のある作曲家に思える。通俗的だから好まれる、という見方もあるかもしれない。ミサ曲についての評価は、私にとって少し難しい。
 全体を通して、演奏は本当に素晴らしかった。おそらく、私が聴いた宗音の演奏会では、2006年の第30回・バッハ「クリスマス・オラトリオ」全曲の演奏と一二を争う。こんなに長いプログラム(シュッツは独唱の部分が長いので、曲が長い割に合唱が歌っている時間は短いのだけれど)をよくこれだけ入念に仕上げ、一瞬たりとも緊張感を失うことなく丁寧に歌いきるものだと感心した。ドラマ性のあるシュッツは、表情付けがかなり極端だったように思うが、わざとらしいとか下品だとかは感じなかった。それくらいやってようやく聴衆に伝わる、というものなのだろう。
 しかも、である。独唱者に本当のプロはグノーで歌ったソプラノ1人しかおらず、あとの6人は「ヨハネ受難曲」で大活躍のエヴァンゲリスト(福音史家=語り)を始め、全て佐々木門下生である素人(大学生と小中高の先生)である。その上、合唱団はソプラノ24人、アルト23人、テノール6人、バス10人という驚異のアンバランス。佐々木先生は全国7つの合唱団で指揮者・音楽監督を務めておられるが、仙台ではそのうち2つ、宗音と東北大学混声合唱団の正指揮者だ。そのため、少なくともかつては、男声が多い東北大から宗音に多くの流入があり、男声パートが不足するということはなかった。どうも、現在はそのような現象が起きにくくなっているようだ。
 ところが、独唱者は気持ちよく音楽に集中するに何の不都合もないレベル。合唱団のアンバランスも、さすがにテノールで個人の頑張りが見え過ぎていたところはあるものの、ほとんど破綻を来していなかった。これらは驚くべきことである。
 次の演奏会は盛岡バッハ・カンタータフェライン、山響アマデウスコアと合同、2020年5月4〜6日に佐々木先生の指揮でバッハ「マタイ受難曲」だそうである。この大曲を既に歌ったことがある人も多いであろう佐々木門下の3合唱団が、ほとんど丸2年かけて磨き上げる「マタイ」には期待が高まる。来年演奏会がないのは残念だが、こちらも満を持して聴きに行けるようにしよう。