軽井沢−横川の今

 信越本線は、まだ長野新幹線が開通する前に一度だけ、やはり教職員組合の研修(全国教研)で長野を往復したことがある。25年くらい前の話だ。単純な往復ではなく、上田電鉄に乗って別所温泉を往復したり、松代の象山神社、地下壕や小諸の懐古園を訪ねたりした。その時と今回との決定的な違いは、言うまでもなく、軽井沢−横川の鉄道が廃止されたことだろう。新幹線の開業と同時に、長野県内の信越本線は切り捨てられて「しなの鉄道」という第三セクター方式の民営鉄道に変わり、傾斜が急で、扱いが面倒な軽井沢−横川を廃止。信越本線は高崎−横川という30㎞に満たない盲腸線になってしまった(厳密に言えば、篠ノ井〜長野9.3㎞も信越本線の断片として残っている)。
 昨日、高額な新幹線特急料金の意義を認めて早々、話がひっくりかえって申し訳ないが、要は、新幹線を中心とした利益追求を最優先させた結果、生活のために鉄道を利用する地元の人や、必ずしも速いだけが能ではないと考える私のような人間にとっては極めて不都合な、ずたずたの鉄道路線が出来てしまった、ということである。軽井沢−横川を別にすれば、鉄道が残っただけよかったではないか、と言ってよいのかどうか・・・。
 私にとって「旅行は線」(過去記事にたくさん登場しているけど、例えば→こちら)である。だから、暗くなってからの移動というのは出来るだけ避けるし、常に地図(お気に入りは分県式のライトマップル)を持参する。この時期の旅行がつらいのは、日没が早くて、使える時間が限られていることである。石和温泉で用事が済んでから列車に乗って、帰りの新幹線は「いつもの道」なので夜になってもいいことにするとして、何時までなら移動が可能か、というのは重大問題である。文明の利器・インターネットなるもので調べてみると、軽井沢の日没時間は16:30とのことだった。山間だということもあり、雨天なら少し厳しいかも知れないが、晴れていれば17時くらいまで景色は見えるだろう、軽井沢発16:15、横川着16:54というのはぎりぎりセーフの時間だな、と思った。それで私は、この路線を復路として選んだ。
 さて、軽井沢駅の標高は940m、横川駅は385m、鉄道路線としてのかつての距離は11.2㎞で、標高差は約560m。最大斜度は66.7‰(パーミル=1㎞で66.7m上る)だった。鉄道としてはたいへんな難所で、1893年から1963年の70年間はアプト式(普通のレールの他に歯車式のレールが付いている)、その後は普通の電気機関車を補助的に連結して山越えをしていた。私がかつて特急「あさま」で通った時も、機関車を連結した記憶がある。ここが廃止された後、連絡バスが運行されるようになったことは知っていたが、その実態を見てみたい、と思った。
 軽井沢駅しなの鉄道を降り、駅前に出ると、JRバスが待っていた。私が持っていた切符は「週末パス」というものである。特急料金こそ含まれていないものの、8,730円で、土日の2日間、所定区間の鉄道が乗り放題。JRだけではなく、伊豆急行富士急行しなの鉄道といった私鉄もOK(西武、東武京急といった東京中心部に出入りしている私鉄や地下鉄を除く)。しかも、所定区間というのは、伊豆、長野、新潟から石巻、新庄までという広大なエリアなのである。仙台から東京を往復しただけで元が取れる。これは週末限定旅行者には強力な味方だ。ちなみに、今回私が乗った区間の運賃を計算してみると、17,870円になるから、なんと9,140円も安くついたということになる。
 それはともかく、私鉄・三セクもOKのパスなのだから、鉄道路線代替のJRバスは当然有効だと思っていた。ところが、料金前払いのバスに乗った瞬間、このバスには使えないと言われて驚いた。切符の表に、有効区間の地図は書いてあるのだが、何しろ小さすぎて細部が見えない。そんなはずはないと主張する私を前に、運転手さんが営業所に電話をかけて確かめてくれたところ、やっぱりダメだという。仕方がない。私は510円を運賃箱に入れた。乗客は、私を含めて5人だった。
 軽井沢から横川に行くには2本の道路がある。旧道(中山道)と新道(碓氷バイパス)だ。事前に地図を見ながら、どっちを通るのかなぁ、とワクワクしていた。答えは新道だった。バスは一度1030mの入山峠まで上った後、新道ながらもヘアピンカーブの続く道路を一気に650m下る。自動車道路よりもはるかに直線的でなければならない鉄道が、いくら碓氷峠(958m)の方が標高差で70m小さいとは言え、軽井沢と横川を繋いでいたというのは驚くべきことだな、と改めて思わされた。
 ちなみに、当時(いま私が参照しているのは1985年3月の時刻表)の所要時間は横川→軽井沢が17分、軽井沢→横川が27分だった。下山の方が時間がかかるというのには、軽井沢駅は主要駅なので着時刻も書いてあるが、横川駅はローカル駅なので発時刻しか書いていないということもある。上りは、純粋に走っていた時間であり、下りには横川での停車時間を含んでいるのである。すると、上りは、経路が違うことなどを無視して単純に考えれば、所要時間はバスの半分、スピードは倍ということになる。平均時速でいえば約40㎞。機関車に助けられながら列車があえぎあえぎ登っていたことを思うと、これはなんとも意外な速さだ。一方、下りの27分には停車時間が含まれているとは言え、山を登って軽井沢に着いた列車は3分しか停車していないから、機関車の解放はそれだけの時間で十分だということである。だとすれば、下山には23〜4分の時間をかけていることになる。時速にすると30㎞を切る。確かに、登山をしていても危ないのは下山路だ。これくらいの急坂になると、下るのはそれくらい危険で慎重を要する、ということなのだろう。
 ちょうど暗くなる頃に横川駅に着いた。駅のすぐ手前に「碓氷峠鉄道文化むら」が見えた。想像していたよりもはるかに充実した展示がありそうだったが、多くの鉄道車両が雨ざらしでは、維持が大変だろう、と思った。
 横川は、駅前を見る限り、小さくも古びていて風情のある集落である。駅のすぐ前には、昔、長く「人気駅弁日本一」の座にあった「峠の釜めし」を売る荻野屋がある。横川の斜陽化はこたえているだろう。昔はたくさんの列車が通り、しかも補助機関車の連結・解放作業をするため数分間停車した。今は1時間に1本しか電車が来ず、通過列車もない。Wikipedia「横川駅」によれば、1日の利用者は200人ちょっとだ。そんな駅の閑散としたホームに、駅弁売りの売店が残っているのは驚きだった。しかも、夕方5時過ぎにまだ店を開けている。
 駅には「峠路探訪」というチラシが置いてあった。それによれば、「鉄道文化むら」があるだけではなく、駅から7.3㎞離れた10号トンネル(熊ノ平)の所まで、廃線跡が遊歩道として整備されているらしい。ハイキングにはほどよい距離だ。春から秋にかけての週末は、「鉄道文化むら」から2.6㎞地点の温泉「峠の湯」までトロッコ列車も運行されているらしい。坂本宿という宿場町もあって、気候と天気のいい日に来れば、のんびり丸々1日、もしくは2日間遊べるいい場所だな、と思った。
 横川駅のホームで完全に日没。以後の電車の中では読書に専念した。日頃、新幹線のことを味噌糞にけなしている私だが、大宮まで新幹線で時間を稼げるからこそ、このような旅行も可能になる。あまり新幹線を悪者にしすぎるのもよくない。(続く)