浅川保先生と山梨平和ミュージアム

 石和温泉は、笛吹市という面白い名前の市にある。温泉がなければまったくただの街だが、頂上付近だけとはいえ、富士山と北岳、すなわち日本で1番目と2番目に高い山が見えるというのはすてきだな、と思った。
 住宅と住宅との間のほんの小さなスペースにもぶどう棚があったり、会場となったホテルから徒歩2分くらいの所にもワイナリーがあるなど、本当にワインの産地だなと思わされた。もっとも、忙しくて、ワイナリーにも行けなかったのであるが・・・。
 さて、私が参加した学習会は、教組共闘連絡会および全国高校組織懇談会という団体が主催する「全国教職員学習交流集会」というものである。
 最初に約2時間の全体集会。冒頭、甲府一高のアカペラ部の生徒約20名による合唱があった。本当にまじめでひたむきそうな好感の持てる高校生達が、いい合唱を聴かせてくれた。その後、挨拶や基調報告、そして全体集会のメインイベントである記念講演として、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが登場したのだが、私にとって衝撃的だったのは、地元山梨県高教組委員長・小池正久氏のお話だった。
 それによれば、山梨県は東京に隣接しているにもかかわらず、人口は81万人あまりで、すごいのは、中学3年生が約7500人、そして昨年の出生数が約5700人、最大の高校でも、1学年275人という話だ。すさまじい過疎化である。宮城県の比ではない。そのため、各市町村も含めて、子育て支援に手厚いというメリットもあるのだそうだが、先細り感の寂しさは否定できないところだろう。私は、日本人(人間)が生き延びていこうと思えば、今の人口はあまりにも過剰で、少子化はむしろ必要なことだと思っているのだが、何事も変化が急すぎると対応が追いつかない。山梨県はどのような軌跡をたどるのだろうか?と他人事ながら心配になってきた。
 全体集会終了後は、第1分科会「教職員の生活と権利」というところに出席した。始まって間もなく、場違いなところに来た、と思った。理由は2つある。ひとつは、どうもこの分科会参加者には組合専従が多いらしく、制度に疎い私は話しについて行けない、ということである。もうひとつは、日頃、公務員の給料は高すぎるとか、日本人の生活は贅沢すぎる、とか言っている私にとって、多忙解消はともかく、いかにして給与の増額を勝ち取るかみたいな話は、自分の思想に逆行するため、居心地が悪いということである。
 思うに、安倍政権が経済成長ということをしゃにむに追求し、それが政権の悪い面をたくさん生み出す元になっていると私は感じているのだが、その安倍政権を徹底的に悪く言う教職員組合が、実はその根本的な点において、安倍政権と実は同じなのではないだろうか?経済成長至上主義から生まれてくる矛盾を攻撃する一方で、賃上げを言うのはあまり正しいことには思えない。しかし、他県の組合専従に比べれば圧倒的に無知な私が、そんな根本のところで価値観を180度ひっくり返すような発言は出来ない。鬱々とした気分で、約2時間、じっと大先生方のお話を聞いていた。
 本当は翌日もその分科会に出る予定だったのだが、ちょっと耐えられないな、と思ったので、基礎講座Ⅱというのに乗り換えることにした。この分科会は、バスで「山梨平和ミュージアム石橋湛山記念館)などを見学します」と書いてある。せっかく山梨に来たことだし、フィールドワークがいいなぁ、と思った。バスの都合で定員制だが、聞けばまだ空席があるという。
 山梨学院大学を横目に見つつ、バスに10分あまり乗って、甲府市朝気町という所にある山梨平和ミュージアムに行く。「など」と書いてあるから、あちこち見学に連れて行ってくれるのかと思っていたら、訪問先はここだけだという。小さな民営の博物館である。なるほど、前日地図で一生懸命探しても見つからないわけだ。宮城県から一緒に行った先生にスマホで探してもらっても、よく分からなかったほどである。ここに2時間半はつらいなぁ、と思った。出迎えてくれたのは、退職した元高校教員で館長の浅川保さんである。第一印象は、よくしゃべるおじいちゃんで、これにも少し滅入った。いかにも言いたいことがたくさんあって、こちらの思いも都合も関係なく、むやみに際限なくしゃべる老人というのが時々いるからだ。そんな老人の1人ではないか?と思ったのである。
 ところが、実はこの先生がなかなかの大人物であった。そもそも、この平和ミュージアムというのは、11年前に浅川先生がリーダーシップを取って、完全に市民の寄付(3700万円!)だけで作り、運営しているものである。そのためには様々な工夫が必要であるが、工夫は頭で考えるだけではなく、自ら汗を流すことも必要だ。この先生のお話を聞いていると、やり方が実に戦略的で上手い。
 博物館は、確かに小さいし、文字資料が中心なのだが、少し丁寧に読むと、なかなかよく出来た展示だということが分かってくる。1階が甲府大空襲を中心とする戦争の記録、2階が石橋湛山記念館だ。2階には小さな企画展のスペースもあって、そこでは半年交替で様々な社会問題を追求する。私が訪ねた時は、始まったばかりだというリニア新幹線がテーマだった。私は自然破壊、エネルギー消費といった問題から、リニア新幹線絶対反対派で、この問題には並々ならぬ関心がある。とても興味深く見ることが出来た。
 浅川先生から展示についての説明を聞きながら、1時間半かけて展示を見終えると、次は浅川先生の講演だ。話が止まらなくなるということもなく、時間もきちんと守るし、内容も面白かった。「平和=戦争反対=戦争記録の伝承」という短絡的思考に接する機会は多いが、浅川先生はそんな単純な思考だけで終わってはいない。話の整理の仕方も含めて、ただ者でないということがよく分かってくるにつれ、私はいつの間にか、今まで存在すら知らなかった小さな博物館の後継者の心配まで始めてしまっていた。
 それでも、もう少し別の場所にも連れて行って欲しかったという気分は残ったものの、なかなかいい勉強をさせてもらったな、という感慨を抱いてミュージアムを後にすることが出来た。駅でバスを下ろしてもらい、学習交流集会は終了。(完)