メークドラマ「答辞」(1)

 2月28日、我が家でウグイスが鳴いた。初鳴きである。もっとも、その声を聞いたのは家族であって、私は聞いていない。昨日から今日にかけて、週末はほとんど家にいたのに、やはり聞こえなかった。しかし、私以外の3人が、口を揃えて興奮気味に言うのだから間違いはないのだろう。ウグイスの初鳴きを意識するようになった東日本大震災以降で、圧倒的に早い初鳴きである(昨年までの3月の記事を調べると、毎年話題にしているはず)。確かに、今年の冬は暖かかった。おそらく、石巻では真冬日が1日もなく、-5度を下回った日もあったかなかったか・・・という感じだ。大イベント「平居家花見」をいつにするか、少し落ち着かなくなってきた。
 それはともかく・・・。
 一昨日は全県一斉に卒業式。夜は当然、仙台市内で酒を飲んで、そのまま泊まり。
 ところで、私は3年生の副担任であり、4つのクラスで国語(現代文)の教科担任でもあった。4人いる3学年担当の国語科教諭のうち、1人が病気休職中ということもあり、一番多くのクラスに授業に行っているのが私だということもあって、卒業式の係分担として「答辞指導」というのが当てられてしまった。
 これはなかなか面倒な係である。なぜなら、ひどくいかめしい儀式の中で、それなりのことを語れないと困るからだ。生徒の答辞なんだから、上手でも下手でも、生徒に自分の言葉で語らせればいいさ、とはいかない。かと言って、私が作文するわけにもいかない。それがつらいところだ。
 たいていどこの学校でもだと思うが、答辞を述べるのは前生徒会長である。塩釜高校ではFという男だ。2月の半ば、私はFに昨年の答辞を渡し、とにかく、それを参考にしながらまずは自分で好きなように書いてみろ、と言った。Fは4日間かけて約1500字の作文を書き、私の所に持ってきた。
 一読して、ひどいものだな、と思った。出来の悪い科学的説明文のように、高校生活における事実が羅列されていて、そこに、かなり無理をして考えたと思われる受け狙いの表現が散見された。私には、文字そのものが引きつって見えたほどである。私は、書かせることをあきらめ、とにかく彼の頭の中から生きた言葉をかき集めるべく、インタビューを始めた。会話はぶつぶつと途切れ、なかなか材料を集められそうになかった。
 私はふと、「ははぁ~、もしかすると、あんた歌を歌わないと言葉が出て来ないわけね?」と言った。Fは「いやぁ、そうかも知れませんねぇ」と言った。私は、「何か本当だったら使いたい歌ってあるの?」と尋ねた。Fは「はい。ただ、ちょっと迷いますけど・・・」と答えた。
 彼は、会長になってからの約1年間、様々な校内行事の時に「挨拶」をする機会があったのだが、そのたびに、まず冒頭で歌を歌い、それから何かを語る、というスタイルを一貫して取ってきた。今回の「答辞」には歌がない。いつもと違うスタイルで文章を書くことによって、内容においても表現においても「自分」を見失い、それに伴って、語るべき内容まで見出せなくなってしまっていたのだ。
 私は、卒業式で歌うかどうかは別にして、歌うとすれば何の歌を歌うのか、その歌詞を引用の形で使って作文をし直してみるように言った。彼は一晩で作文を仕上げてきた。Fが使った歌は、ゆずの「友、旅立ちの時」である。決して上手とは言えないが、それでも、言葉が少し生気を帯びてきたのは分かった。

 意外にもFは、歌を冒頭ではなく、3年間の具体的な思い出を述べた後、総括的なことを述べる直前に置いていた。これはとても適切な選択だと思った。自分の言葉を取り戻すと、判断にも切れが出てくる。やるなぁ、F。
 その後、再び多少の問答をし、私が日本語の拙さを修正した上で、もう一度Fに手を加えさせ、ともかくも「答辞」は完成した。さて、次の問題は、引用した歌を歌うか語るかだ。私は歌わせた方がいいと考えていた。なぜなら、当初、Fが「答辞」だからさすがに歌はまずいだろうと自ら思い、歌を使わなかった結果、言葉が生きたものにならなかったように、自分なりのスタイルを変えることは、Fの表現全体を殺すことになると思ったからだ。
 日本では、卒業式は厳粛なものでなければならないという、一種の信仰のような先入観を持つ人がけっこう多い。そんな人にとって、いやしくも卒業式のクライマックス「答辞」の場面で、下手な(正直言ってFは歌が下手です)歌を歌うことは不謹慎そのものだ。Fに歌を歌わせるとすれば、こっそりやるしかない、と思っていた。「こっそり」とは、歌うことについて、卒業式の統括者である総務部長K先生にも学年主任A先生にも話さず、私とF二人だけの了解事項として本番に臨む、ということだ。なに、卒業式の文脈から外れた歌を歌うわけでもなし、それによって人が死んだり怪我したりするわけでもない、後から文句を言われるだけなら「何を今更」のケセラセラだ、と腹をくくった。(続く)