ウグイスと調和する音楽

 昨日は、二つの音楽会を「はしご」してしまった。
 まず行ったのは、仙台フィルの第326回定期演奏会である。今年、仙台フィルの「指揮者」という地位に就いた角田鋼亮という人が、定期演奏会にデビューするのと、プログラムの面白さから、早い時期にチケットを入手していた。
 プログラムは、バッハ(エルガー編曲)「幻想曲とフーガ ハ短調BWV537」、同(バントック編曲)「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」(カンタータ第140番のコラール)、ブラームスハイドンの主題による変奏曲」、そしてシューマン交響曲第2番であった。

 演奏としては最初のバッハが一番面白かった。エルガーによる非常に派手な編曲を、ためらうことなく派手なままに押し切ったような爽快感のある演奏だった。藤田茂によるプログラムノートには、「彼(エルガー)は、もともとは声部進行の結果としてあった和声を著しく強調あるいは増強し、バッハのポリフォニー様式をある意味で強引にモノフォニー化してみせる」とあるが、私の耳には全然そのようには聞こえなかった。れっきとしたポリフォニーだ。コラールは、コラール旋律を担当する2本のホルンが、もっと浮かび上がってもいいと思った。

 それにしても、コラールの背後で淡々と繰り返される有名な対旋律を聴いていると、バッハというのはなんと偉大なメロディーメーカーであることかと、改めて感心する。主役であるコラールが色あせるほどに魅力的なメロディーラインだ。
 シューマン交響曲第2番と言えば、パシフィック・ミュージック・フェスティバル(1990年)で、バーンスタインが指導をしている光景が思い浮かぶという人が少なくないだろう。私も、あの映像を見て、実はシューマンの2番はすごい名曲なのだと目を見開かされた1人である。特に、こみ上げてくるような第3楽章。バーンスタインは指導の際、若者たちのオーケストラに向かって、確か「人間が作った最も深い曲を演奏しよう」と呼びかけた。ゆっくりと動く彼の指揮棒の先から音楽が滲み出てきて、まるでその音が視覚的に見えるように感じた。以後、この曲を聴くと、どうしてもその映像が目の前に浮かんでくる。心ならずもそのような聴き方をせざるを得ないのは、聴き手としても決して幸せなことではない。昨日の仙台フィルは全体として上手くまとまった演奏だったし、曲そのものの力も大きいので、ほどほどに満足して帰って来たのではあるが・・・。いつになったら、この呪縛から抜け出せるのであろうか?
 その後、石巻に戻ると、次に行ったのは植草ひろみさんのチェロのリサイタル(?)である。久々に、例のお医者さんの私的コンサートだ(→例えばこちら)。余韻を大切にしたいので、演奏会のはしごはしないことにしている私が、若干遅刻をしてまで駆けつけたのは、このような私的な集まりで、しかも植草さん、そして、例によって終演後に酒席があるからである。
 植草さんは、毎年のように石巻、M先生の所に来るので、昨年も聴く機会があった(→こちら)。今年は、M先生ご自身もギターで演奏に参加された。ピアノは仙台在住のピアニスト・庄司やよいさん。フルートは、石巻市内在住のフルートの先生・岩澤あいらさん。
 私が聴けたのは後半だけだったのだが、ヴィヴァルディのフルートソナタ、植草さん自作の「Thank you for everything」、「スペインの月」、松野迅編曲の「シンドラーのリスト」、ガルデル「ポル・ウナ・カベサ」、ピアソラリベルタンゴ」、そしてアンコールとして「花は咲く」と自作の「ブエノスアイレス大通り」を聴くことが出来た。
 植草さん自身の作品を「いいな」と思ったこともあり、終演後、入場料を払う代わりにとCDを買った。「Dreaming」という植草さんの作品ばかりを集めたものである。今日、朝からそのCDを聴いてみて、「やっぱりいいな」と思った。なんとも素直で穏やかな音楽である。ライブにはライブの良さがあるが、録音の演奏は、やはり完成度においてライブよりも上だ。普通の大きさのCDに、わずか27分あまりしか入っていないのは残念だったが、自宅で静かな時間を過ごす時に、繰り返しかけることもできる。
 M先生が、非常に美味しい高級日本酒をたくさん用意してくれていたものだから、お酒を少々飲み過ぎて、いささか体調は優れなかったが、植草さんの音楽は、我が家の外で鳴くウグイスの声とも調和して心地よかった。