Team KUROSHIOの軌跡・・・ラボ第17回

 「平居家花見」に先立つ昨晩は、ラボ・トーク・セッション第17回であった(→前回の記事)。今回の話者は、民間企業から初の登場で、ラボ史上最年少、ヤマハ発動機社員の進藤祐太氏(32歳)であった。演題は「Team KUROSHIO(チーム黒潮)の軌跡 ~水深4000mへの挑戦」。
 チーム黒潮というのはJAMSTEC(海洋研究開発機構)の中に作られた臨時の組織である。アメリカ、シェル石油を主体とするエクスプライズ財団という組織が、深海探査技術の飛躍的発展を目論んで、4000mの深海底の地形図を作る国際競技会(Shell Ocean Discovery X'prize)を開いた。信じられないほど厳しい大会である。それに挑戦すべく結成された産学官共同のプロジェクトチームだ。進藤氏はヤマハ発動機から派遣されて、その一員となっていた。
 私は、昨年の9月末に一応「教え子」(地元・石巻高校)である進藤氏からメールをもらって、初めてその競技会の存在を知った。そうしたところ、たまたま、そのわずか1週間後(9月30日)に日本経済新聞に、この競技会とチーム黒潮を取り上げた大きな記事が出た。それを読んで、正に度肝を抜かれたのである。
 この競技会で与えられた課題と条件は、次のとおりである。
課題:水深約4000mの海底地図を500㎢(≒石巻市の面積)分(最低でも250㎢)作成する。
条件:
・実際の探査にかけてよい時間は24時間。
・機器はすべて陸上からの遠隔操作に限る。
・探査終了後5日以内に海底地図のデータを提出する。
・解像度は水平5m、垂直50㎝以上であること。
 これがどれくらい厳しい課題であり条件かというと、従来の技術では、洋上の母船から人間が機器を操作しても1日に10㎢しか探査できず、陸に戻ってからデータ処理に数ヶ月かかる、と言うだけで十分に分かってもらえるだろう。賞金総額は8億円(←かかる経費から考えると「はした金」です)。
 くだくだしい説明をしていると、チーム黒潮や競技会の説明だけで10回くらい連載しなければならなくなるので止める。ともかく、この信じられないほど困難な課題に挑戦するチームに、教え子がいることを知った時、私は即座に、ラボへの登場を依頼したのである。
 競技会の本戦は、昨年12月に地中海、ギリシャペロポネソス半島沖で開催された。競技会としての結果は3月に発表される予定であった。4月のラボに来てもらうことになった時、私の念頭にあったのは、3月に優勝が決まり、国内外で大きな話題となった直後、ラボ17が石巻への凱旋講演になる、というシナリオであった。
 というわけで、ラボ17との関係でも、3月の結果発表は心待ちだったのだが、その3月になって間もなく、結果発表が6月に延期されたとの情報が、チーム黒潮のHPに流れた。理由は書かれていないが、あまりにも困難な課題であったために、参加チームの作った海底地図が正しいかどうかを検証することもまた困難を極め、主催者が3月までに審査を完了できなかった、という事情が容易に想像できる。
 さて、この2年間の途方もない取り組みを、わずか1時間で語って欲しいという、競技会に勝るとも劣らない困難な課題に頭を抱えながら、進藤氏は準備万端。そして、ラボ史上に特筆されるべき名講演を聞かせてくれたのである。本当にすご~い!!
 火星は100m、月だと10m以上の単位で表面の形状が把握されているのに対して、海底は平均1000mの単位でしか把握されていない。それ以上の精度で把握されているのは海底面積の5~10%に過ぎない。では10m、100m、1000mという解像度がどれくらいかというと・・・進藤氏はそれぞれの解像度で描いた東京駅~皇居一体の地図を示すところから話を始めた。すると、1000mの解像度というのがいかに無意味な「把握」であるか、つまりは何も分かっていることにならない、ということがとてもよく分かる。この辺で、彼は聞き手の心を完全に掌握してしまったようだ。そして後から後から出てくる的確な比喩。
 後は、単に技術の話だけではなく、ゼロの状態から困難かつ膨大な経費がかかるプロジェクトを起ち上げた人々の熱い思い、最先端技術の塊であるAUV(海底探査用の無人潜水艇)を海外に持ち出すための手続きがいかに大変であるか、などなど社会的問題も含めた正にドラマが描かれ、それでいて要した時間はきっちり60分であった。
 終演後、参加していた何人かの高校教員の間で、ぜひ学校で生徒に聞かせたいよね、という話になった。確かに、そこにはワクワクするような発見と課題克服のドラマがあったのである。進藤氏によれば、チームの中には自分など足下にも及ばない、「ペテン師」と呼ばれるほど話術巧みなメンバーもいるらしい。私も思う。実現させたいなぁ、高校生向け講演会。