人間を笑う蝉・・・I was born

 県総体二日目は、南蔵王青少年野営場(約650m)からジャンボリーコースを登って宮城県最高峰の屏風岳(1825m)の頂上を踏み、、縦走路を上下しながら刈田岳(1758m)へと歩き、大黒天(1432m)に下りるという厳しいコースだった。部員不足の学校も多く、県総体=3年生にとっての総仕上げ、であるにもかかわらず、1年生部員の参加も目立った。ところが、体調不良で後れを取る生徒もいなければ、当然のことリタイアするパーティーもなく、全員が初日、3日目も含めて全行程を歩き通した。これは私の記憶にないことである。しかも、刈田岳山頂の手前、最後の車道横断箇所で当初の予定を変更し、車道を通って山頂のレストハウスに向かった(10分短縮?)以外、ルートの変更もなく、それでいてバスが待つ大黒天には予定どおり、5分のズレもなく到着した。これほどスムーズな大会運営というのはない。今回の大会の特筆点は、白石高校の優勝というハプニングだけではなかった。
 ところで、ジャンボリーコースは美しいブナの樹林帯である。ブナの新緑を通過して射し込んでくる6月の太陽が美しい。同時に、ものすごい蝉の鳴き声に圧倒される。エゾハルゼミという蝉である。見れば、木々のあちこちに抜け殻がくっついている。ずいぶん高いところで鳴いているらしく、姿はなかなか見えないが、一度だけ、手の届くような所に止まっているのを見た。透明な羽を持つ3~4㎝の小さな小さな蝉である。
 最近、授業で吉野弘(→過去記事)の「I was born」という詩を扱った。中学1年生の少年が父親と一緒に散歩に出かけ、妊娠した女性とすれ違う。少し長いが核心部分を引く。


「 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
--やっぱり I was bornなんだね--
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
--I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね--
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りにも幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
--蜉蝣という虫はね。生まれてから2、3日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね--
 僕は父を見た。父は続けた。
--友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりとした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは--。」


 最大の問題は、作者=僕が「命」を肯定的に見ているか、否定的に見ているかということである。もちろん、答えは「肯定的」だ。命を否定していることの上に文学は成り立たない、などと言えば、「それは先入観だ、決めつけだ」と批判されるかも知れない。本当は根拠はそれで十分なのだが、あえて理屈をこねれば、「死なれた」という敬語がそのことを物語っているだろう。
 蜉蝣は成虫になってから2~3日しか生きられない。その間にすることは産卵だけだ。つまり、命を繋ぐためにだけ生まれてくる。だが、それで十分に価値があるではないか。命というのはそういうものではないのか。父親はそれを息子に伝えようと静かに語る。
 なぜ父親はそんな話をしたのか?それは「正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね」という息子の言葉を、否定的なニュアンスで受け止めたからだ。僕は生まれたくて生まれてきたんじゃない、生まれさせられたのだ。父は息子の言葉をそのような意味として聞いた。そう理解することで初めて、僕-父の問答が成立する。
 自分の命を否定的なものとして考えようとしている息子に対して、自分は何を語るべきか。「無言で暫く歩い」たと書くだけで、父親の心の中の激しい迷いやためらいを想像させる詩人の手腕は秀逸である。
 本当は人間も同じような存在だ。「生きる意味」などというものに悩むのは、生み育てることに全てのエネルギーを費やさなくてもよくなった豊かさのためなのである。生物学的には、ほとんど「寝言」と言ってよいほどふざけた悩みだ。
 登山の話が突然このようになってしまったのは、言うまでもなく、盛んに鳴く蝉が「I was born」の蜉蝣を思い起こさせたからである。蝉も成虫になってから生きられる時間はごくわずかだ。声がやかましければやかましいほど、私にはそれが「命」への渇望に聞こえる。感動的なのか、それでもやはり、「生きる意味」とか「生きがい」とかを命の継承以外の所に求めてしまう人間の苦しさなのか、それはよく分からない。
 思えば、登山とは無駄な行為である。黙々と歩き、思索に堪えることを求める。エゾハルゼミの鳴き声は、そんな自分たちを笑うようでもあった。