アメリカ偉いっ!・・・学校は学業の場所

 1週間ほど梅雨らしいうっとうしい天気が続くはずだったのに、早速今日は朝から好天。ほとんど「快晴」に近い。
 我が家には中学3年の娘がいる。部活はソフトボールだ。昨日から中総体の石巻地区予選が始まったのだが、初日は雨のため順延。今日が初戦となった。昨日は仙台に用事があって、もともと見に行けないことになっていたのだが、今日は行ける。
 私は、部活動であれ何であれ、大人が子どものすることに干渉したり世話を焼いたりすることに極めて批判的だ。以前、部活動問題で新聞に意見文を出したことがあるが(→こちら)、現在の部活動なんて大人のおもちゃみたいなものだと思っている。無駄に豊かで暇な大人たちが、自分自身の楽しみや、「子どものため」という正義感や、「いい子(親・教師)になりたい」意識で、せっせと車で送り迎えをしたり、差し入れをしたり、「指導」をしたりしながら、子どもの成長を阻害している、と思っているのである。
 そこで私は、娘の部活動に対して特別何の協力をするわけでもなく、娘が家に帰ってきて部活の話をする時には、それなりに真面目に耳を傾けてやる、という態度を取ってきた。とは言え、その部活動も今回の中総体でおしまい。娘の中学校は、くじ運が非常によくて(?)、なんと1回戦で第1シードの学校と当たったとかで、1回戦が本当に「最後の試合」になる可能性が高いという。
 娘は「最後の試合くらい見に来てよ」と言う。私は「パパが行ったら、いい格好しようと思って失敗するぞ」とか、「慣れないことはしない方がいいんだよ」などと言っていたのだが、内心では最後くらい見に行ってみるのもいいかな、と思っていたので、試合時間に合わせて会場(東松島市・鷹来の森運動公園)にこっそり足を運ぶことにした。
 予想していたことだが、会場はすごい人出。やっぱりみんな暇なのだ。娘にも妻にも内緒で、バックネット裏に静かに座る。着いて間もなく試合は始まった。表の攻撃で1番打者としてバッターボックスに立った娘を見ながら、ちゃんと打てるのかなぁ、などとドキドキしていたのは、最初の10分くらい。手に汗握るなどという瞬間が一切ない、なかなか惨憺たるワンサイドゲームで、60分後、3回裏の攻撃中に相手チームが15点目を取り、コールドゲームで試合終了となってしまった。娘も、チームメートも、まったく何一ついいところなく敗れた、という感じだった。
 球場の外に出ると、メンバーがみんなで泣きじゃくっていた。娘の頭をぽんと小突くと、少し驚いた顔をしていた。
 夕方、娘と妻が帰ってきて、試合の話をしていたら、妻が、娘を見にどこかの私立高校のスカウトが来ていたらしい、などと言う。今日の娘のプレーを見ていて、スポーツ推薦もなにもあったものではない、スポーツの能力を評価するふりをして、1人でも多く生徒を集めたいという作戦ではないのか?などと実に胡散臭く思ったのだが、妻によれば、実はスカウトというのはソフトボールに限らないのだそうだ。
 例えば、ウェイトリフティング部やボート部のある高校では、中学校にそんな部活がないので、あらゆる種目の会場に足を運んでめぼしい生徒を探している、という。ははぁ、私の娘なんかは筋肉むきむきで足が短いから(娘へ、ごめんね)、確かにウェイトリフティングあたりでは欲しがるかも知れないな、などとふと思う。もちろん、声をかけられても、親として、絶対にそんな目的で高校進学をさせる気はない。
 話は変わるようだが、昨日、陸上の全米大学選手権100mで日本国籍サニブラウン選手が9秒97の日本新記録を出した。今日の新聞各紙は、どこでもそのことを大きく取り上げていたが、それを読みながら、アメリカは偉いな、とつくづく思った。例えば・・・

「米国の大学には、トップ選手であっても『学生は学業を本分とすべきだ』という考え方が根付いている。学業をおろそかかにしては大会に出場できない。サニブラウンも入学当初は『家庭教師のような制度があり、大学のスポーツ選手用の勉強の建物もある。帰ってから宿題も多い』などとこぼしていた。」(毎日新聞

 日本は全然違う。高校を見ている限り、トップ選手でなくても、勉強が二の次、三の次という生徒、いや、教師も少なくない。アメリカから他国の追随を許さないほど多くのノーベル賞受賞者が出ている背後には、単に国の文教予算が多いというようなことだけではなく、大学は学業のためにあるという原則の徹底のされ方、それによって生じる学業の底辺の広さ、層の厚さもあるに違いない。
 娘は殊勝にも、明日から受験勉強に専念するのだそうだ(笑=あっ、これも失礼→関連記事)。楽しみに、そして部活動同様、遠巻きに見ていることにしよう。