音楽の原点に立つ

 職場で私は、一番端っこの席に座っている。だから、お隣さんは1人しかいない。そのお隣さんは音楽のA先生で、仙台ニューフィルハーモニーというアマチュアオーケストラの首席トランペット奏者でもある。1ヶ月ほど前、A先生から「平居先生、これ要りませんか?」と差し出されたのは、28枚という大量のディスクであった。見れば、DVDとブルーレイとCDが混じっている。全てA先生の所属するオーケストラの定期演奏会の記録だ。我が家ではブルーレイが見られないのだが、そのうち機器を買い換えることもあるだろうし、面白そうだから全ていただくことにした。
 最初に聴いたのは、下野竜也指揮のドヴォルザーク交響曲第7番で、それが期待以上に良かったものだから、その後、暇を見つけてはせっせと見たり聴いたりしている。日頃、オーケストラと言えば、NHKが録画した映像ばかり見ているので、さぞかし物足りないだろうと思っていたが、そうでもない。1階席後方に設置された1台の普通のビデオカメラで、首を振ったりズームしたりしているだけの画像なのだが、意外に変化があって飽きない。音は会場に常設されている吊り下げ式のマイクで録音しているのかと思ったら、マイクもビデオカメラのものらしい。決して優れた音質とは言えないにしても、十分に聴いていられるレベルである。
 私はアマチュアの演奏が大好きである。音楽が本当に好きだという気持ちと、たった1回の本番に賭ける気持ちが熱気ある演奏を生む。だが、それは会場でこそ感じられるものであって、録画録音となるとどうなんだろう?という気持ちは、すぐに霧散してしまった。あちらこちらにミスはあって、いささか荒削りな感じはするけれども、それを「下手」と言ってしまうのは、なんだか嘘のような気がする。
 今まで聴いた中で特によかったのは、末広誠指揮でブルックナー交響曲第8番(2012年。この時は私も会場にいた)、山下一史指揮でベートーヴェン交響曲第1番(2013年)、橘直貴指揮でエルガー交響曲第1番(2017年)、下野竜也指揮のドヴォルザーク交響曲第7番(2004年)・・・といった感じだ。
 しかし、何と言ってもDVDで面白いのは、プログラムが全て終わった後に収録されている「バックステージ」という章である。本来、私のような第三者の手に渡ることを想定していないものだからこその映像だ。リハーサル風景、演奏前の楽屋や舞台袖の様子、そして終演後の打ち上げ。私も昔某合唱団に所属していたので、楽器を手にしているかどうかの違いはあっても、自分もそのような場所に身を置いたことはあるはずなのだが、あまり憶えていない。今、こうして見てみると、本番前の緊張感や、終演後の心地よい達成感・解放感がよく伝わってくる。みんな本当にいい表情だ。人が飲んでいるのを見て、「いいお酒だろうなぁ」と羨ましくなってくるのだから本物である。
 打ち上げにおける指揮者のスピーチも面白い。アマチュア相手に、終演後に演奏上の問題を指摘しても仕方がないので、ひたすらほめるだけになるのは当然だとも言えるのだが、彼らの表情を見ていると、例外なく、ただのリップサービスではなく、プロの指揮者にとってもよほど楽しい時間だったんだろう、と思わされる。N響のようなプロオーケストラと比べて下手であり、必ずしも思い通りの音が出なくても、その代わりとなるに見合った何かがあるのだ。おそらく彼らなりに、音楽の原点を確かめる思いで指揮台に立っているのだろう。
 そう言えば、先日は、大リーグを引退したイチローが神戸で草野球に興じ、ヤンキース田中将大がその映像を見て「羨ましい」だか、「僕もやりたい」だかと述べた話が報じられていた。根を同じくする話である。