モットー or スローガン?

 月曜日、東京オリンピックの「モットー」なるものが発表された。「United by Emotion」というのだそうだ。オリンピックの公式ホームページによれば、「大会モットーとは、大会ビジョンを研ぎ澄まし、大会の主催者が世界と共有したいアイデアやコンセプトの本質をとらえる3~5ワードのシンプルな英語のメッセージ」らしい。参考和訳として「感動で、私達はひとつになる」というのが注記されているが、「大会モットーはあくまでも英語のみの表記であり、東京2020組織委員会が参考和訳を対外的に使用することはありません」との但し書きがついている。
 最初にテレビで「モットー」の発表を知った時から、何とも言えない違和感が消えない。「モットー」という言葉をこのように使うようになったのはいつからなのだろう?「モットー」という言葉を使っているのはIOCなのだろうか?東京の委員会なのだろうか?調べてみたがよく分からない。前回のリオデジャネイロについては、「モットー」と書かれた記事も、「スローガン」と書かれた記事も見つかる。北京は「標語」で、1964年の東京オリンピックも「標語」だが、英訳は分からない。
 私が違和感を感じるのは、純粋に「モットー」という言葉のニュアンスが、この場面にそぐわないと感じられるからである。参考までに、机の脇にあった国語辞典2種類を引いてみた。

岩波書店広辞苑』第5版
モットー:(西洋の封建貴族が楯・紋章などに記した題銘)行動の目標や指針とする標語・格言。座右の銘。→スローガン
旺文社『国語辞典』第10版
モットー:①標語 ②信条、座右の銘

ちなみに、『広辞苑』で類義語とされる「スローガン」はというと、

広辞苑』:(もとスコットランド高地兵の唱える鬨の声)ある団体、運動の主張を簡潔に表した標語。
『国語辞典』:団体や組織などが、その主張を短い言葉で言い表したもの。標語。

さらに、これらについて回る「標語」とは、

広辞苑』:主義・主張・信条などを簡明に言い表した短い語句。モットー。スローガン。
『国語辞典』:主義・主張などを短く、分かりやすく表した言葉。モットー。スローガン。

 ま、「標語」が一番無難だというのはよく分かるのだが、何しろ海外に向けて発信するものであって、和訳はあくまでも「参考」なので、「標語」を使うわけにはいかない。「モットー」と「スローガン」についての辞書の記述は、偉そうに言わせてもらえば、「下手」である。
 私が間違っているのかも知れないが、辞書の記述にも、「モットー」は「座右の銘」のことと書いてあるとおり、自分自身に向かって言い聞かせるニュアンスが強い。「誠実をモットーとして生きる」という類いだ。一方、「スローガン」は「~を叫ぶ」という形で用いられることから分かるとおり、他人に向かって強く発信するニュアンスを持つ。最大限簡単に言えば、どちらも思想の表明であることは共通するが、「モットー」は内向きで個人が主語、「スローガン」は「外向き」で団体が主語である。
 この私のとらえ方が正しければ、やはり、オリンピックの標語は「スローガン」がふさわしい。なぜ「モットー」なのか?
 「スローガン」という言葉は「シュプレヒコール(スローガンを唱和すること)」という言葉と組み合わせてよく用いられる。憶測なのだが、そこに染みついた労働組合的、反体制的なニュアンスを政府が嫌ったから、それを排除して「モットー」という言葉を使うことにしたのではないか?「桜を見る会」や「検事総長人事」で「破廉恥」の総仕上げをしているかのような安倍政権が、言葉狩りにも及んでいる。私にはそう見える。
 ともかく、世界へ向けて発信する標語を「モットー」とするのは、私の感性がどうしても受け付けない。