修学旅行の準備を始めるよ

(2020年6月6日付「学年だより№49」より②)

【修学旅行の準備を始めるよ】

 今日はちょうど修学旅行開始6ヶ月前。本来であれば、普通科は既にクラス別研修の計画を終えていた時期だ。
 お金のことなどもあるし、早くも明日からビジネス科の調べ学習が始まることなどあるので、今日、保護者にもアンケートを兼ねた説明文書を出した。今のところ、事情はそこに書いておいた通りである。
 諸君が修学旅行に行けるかどうかは分からない(God knows!)。夏休み前の実施や目的地が海外なら、間違いなく×であったが、なにしろ半年先の話である。「行く」という前提で準備は進める。
 今、実際に行けるかどうか分からないのに作業を進めるのは、どっちみち、最後の最後まで行けるかどうか確定しないから、というだけではない。仮に、最終的に行けなかったとしても、それを一つの目標として、日本の歴史・文化や関西の地理について勉強することには大きな価値がある、とも思うからである。
 「旅行は線である」。京都に行くとなれば、京都を見ることだけに価値があるのではなく、塩釜から京都までの道中にも価値がある。飛行機で行くか、新幹線で行くか、自転車で行くか、歩いて行くか(笑)によっても、見える景色は全然違う。目的地が京都だから途中はムダ。何も見えなくてもいいから出来るだけ早く楽に着いた方がいいというのは、貧しい考え方である。
 この考え方は、「時間」についても同様だ。修学旅行当日だけが旅行なのではない。計画も、記録の整理も含めて全ては「旅行」である。両学科共に、そんな意味を考えながら、関西地方の地理と文化について貴重な勉強を始めよう。


【自立への道(抜粋)】

 車で親に送ってもらう人が、少なからずいるらしい。車でないと学校に来れない人がいるとは思えない。昨年3月、入学者説明会の時には、「送迎はしないで下さい」と保護者に強く言ってある。「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざもある。人間は「楽」に慣れてしまうと後戻りできず、弱くなる一方だ。自分が希望して高校に行かせてもらっているという感謝の気持ちも湧いてこなくなるし、自立を阻害することも甚だしい。間もなく梅雨に入るが、雨だからと言って、そんな人が増えることの決してないように・・・。


裏面① 6月6日付朝日新聞「いちからわかる!」欄、「『アマビエ』が話題 どんな妖怪なんじゃ?」を貼り付け。平居コメントなし(昨日の記事がコメント)。
裏面② 6月6日付河北新報「19年生まれ最少86万人」を貼り付け。
平居コメント:少子化は大問題だとされる。かなり思想的立場の違う人でも、この点については一致しているようだ。だが、疑問の余地がなさそうな問題ほど、実は危険である。本当に少子化は困った問題なのか?立ち止まって考えてみる必要がある。例えば、少子化が解決して人口が増え、日本の人口が2億人になったらどうなるだろう?それもまた困ったことだ、というのも普通は分かるはずだ。だとすれば、適正な人口とはどれくらいで、それは何を根拠に考えたらいいのだろう?もしかすると、それは少子化を解決させる以上の難問かも知れない。
(ブログ用の注:少子化についての私の考えは→こちら参照。そこに張っているリンクも。)