近くの温泉・大旅行(1)

 高校入試も終わったし、県下一斉に部活禁止令が出ていて、子どもたちも珍しく暇だし、よし温泉に行くぞ、ということになった。目指したのは、お気に入りの川渡(=かわたび)温泉なのだが、毎年1~2度は必ず行く場所なので、少し変化を付けてみようかと知恵を絞った結果、「仙台近郊区間」というJR運賃計算の特別ルールを使って、大旅行に仕立て上げることにした。
 「仙台近郊区間」とは、仙台を中心とする一定のエリア内を移動する場合、①乗車経路を重複させない、②同じ駅を2度通らない、③途中下車はしない、④新幹線を利用しない、という4つの条件を守る限りにおいて、どこを通っても最短距離で運賃計算をするというルールである。仙台だけでなく、東京、大阪、新潟、福岡において同様のルールが設定されている。東京、大阪のようにたくさんの路線が網の目のように張り巡らされている所なら、計算の煩雑を避けるということで分からなくもないが、仙台、福岡、更には新潟となると、私にはルールの趣旨がよく分からない。
 この「一定のエリア」というのが信じられないほど広い。東北本線の矢吹~平泉、奥羽本線の福島~新庄、常磐線の小高~岩沼、磐越西線の喜多方~郡山、磐越東線の船引~郡山、そして左沢線仙山線仙石線陸羽東線石巻線の全てである(喜多方や新庄って「仙台近郊」ですかっ?!)。従って、このルールを使うと、例えば、我が家から2番目に近い陸前山下駅から、1.4㎞離れた石巻駅まで、150円の切符を買って、陸前山下→仙台→福島→山形→新庄→小牛田→石巻と395.4㎞の旅行をすることが合法的に可能なのである。 更に女川まで行くなら、陸前山下→女川20.0㎞、330円の切符で、412.2㎞の「乗り鉄」旅行ができることになる。
 よし、「川渡という『遠くの』温泉に行くぞ」と行って立てたプランは、次のようなものであった。これで、買う切符は石巻川渡温泉(66.7㎞。ただし、「地方交通線」なので73.4㎞に換算される)1340円。一方、実際に乗る距離は330.1㎞(仙台~大宮に相当)、5720円分となる。「過程を楽しむ」派にとっては非常に魅力的だ。

 石巻9:04→(仙石東北ライン快速)→10:02仙台10:50→(快速シティラビット2号)→12:03福島12:51→13:38米沢13:40→14:25山形14:52→16:07新庄16:12→17:12鳴子温泉17:16→17:24川渡温泉

 何が問題かと言うと、福島~米沢である。秋田新幹線田沢湖線)でも同様なのだが、在来線を高規格化した新幹線区間は、新幹線が最優先ということで、在来線が圧迫され、本数が極端に少ない。福島→米沢の場合、普通列車は1日に6本だけで、8:04の次は12:51、その次は16:04という具合なのである。上の条件に書いたとおり、何しろ新幹線は、特急券を買っても乗れない(乗るためには「近郊区間」ではない、実際に乗る経路の乗車券が必要)ので、それらの列車に乗れなければ、このルートは使えないということになる。幸い、見ての通り、貴重な12:51を使って、時間的に無理のない予定が組める。
 が、何かの事情で乗り換えに失敗すると、経路変更で区間の重複が生じる、新幹線利用が必要となるなどの理由で、正規の(経路通りの)切符に買い換える必要が生じる可能性がある。「近郊区間」の切符は有効日数1日と決まっているので、暇を持て余していたとして、どこかに泊まることもできない。旅行開始後に切符の買い換えが可能かどうかも分からないし、乗り換えできなかったというのが、車両故障などJRの事情による場合、何らかの配慮が為されるのかも不明である。事前にそんなことまでは確認しなかった。
 家族にこの提案をしたときは、甚だ不評であった。車で1時間半の温泉に行くのに、どうして余計な時間とお金をかけて、そんな面倒なことをしなければならないのだ?と、口を揃えて文句を言う。今まで、旅行に行く時たびに、経由地や交通手段にこだわり、目的地を見るだけが旅行ではないという思想をすり込んできたつもりだったが、そんな我が家族にして今回のプランは理解の範囲を超えていたらしい。勤務先で修学旅行の計画を立てるときなど、他の教員や生徒と話をする時に、話がかみ合わないわけだ。県境の峠越えは魅力的だ、3県の多くの町や地域を眺めることができるなどと説得し、途中で駅弁(←今や貴重!高いし・・・)というものを食べさせてやるから等等、餌をぶら下げて、何とか同意を取り付け、いざ出発ということになった。(続く)