近くの温泉・大旅行(2)

 今のJRでは、普通列車で車掌が検札に来ることなどめったにない。よって、本来であれば、途中下車をしようとしない限りは、持っている切符の性質についてとやかく言われることはない。「近郊区間」などという特別ルールがなくても、一度列車に乗ってしまえば、どこに行っても問題にはならないということである。しかし、万が一、福島や山形あたりで検札があれば、車掌は私たちの切符(石巻川渡温泉)を見て何と言うだろう?トラブルにはならないだろうか?もちろん、規則上は私の勝ちであることがはっきりしているのだが、面倒くさいことになるのは嫌なのである。また、事前の予習により、福島駅で駅弁を買うためには、新幹線改札口の内側に入らなければならないことが分かっていた。駅弁を買うだけだと言えば入れてはくれるだろうが、その時切符を見せたらどう反応するだろう?・・・こういった心配はしていた。
 ところが、驚いたことに、早々仙台~福島で、近年見たことのない「検札」に遭遇したのである。私は平気だったが、妻や子どもはずいぶんドキドキしたらしい。車掌氏は、私たちの切符を見ると「ずいぶん遠回りですね」と一言言って、切符にハンコを押してくれた。あまり特別という感じはしなかった。JR職員として規則をしっかりと把握しているだけでなく、「乗り鉄」にとっては大変歓迎すべき制度なので、相当数の同類がいるに違いないと私は推測した。車掌氏は、斜め向かいのボックスに座っていた初老の夫婦(←多分)にも同じことを言っていた。この夫婦は、私たちと同じ奥羽本線の列車に乗り換えて山形まで行ったが、その後、新庄行きの列車には乗っていなかった。仙台~山形か左沢線のどこかへ行くのに、福島を経由したと思われる。新幹線改札口では、切符を見せろとも言われなかった。
 福島駅で入手した駅弁「牛肉どまん中」は、米沢駅のものだった。昔から、東北地方でも郡山駅米沢駅の駅弁は質が高いと有名だったから、これはむしろ嬉しかった。
 貴重な福島~米沢の普通列車は2両編成。この区間を列車に乗るのは本当に久しぶりである。夜行急行「津軽」で高校時代に通過して以来だから、40年ぶりにもなる。しかも、その時は未明の通過で、景色なんか見ていないので、昼間となると、調べてみれば中学2年だった1976年7月28日以来、なんと45年ぶりとなる。
 その時は、友人3人と、仙台から山形、米沢、福島を通って仙台に戻った。当時と今の最大の違いは、山形新幹線の有無である。山形新幹線の開通によって変わったのは、ゲージの標準軌化(軌間1068㎜→1435㎜=新幹線規格)よりもむしろ、赤岩、板谷、峠、大沢と連続していた4駅連続のスイッチバックがなくなったことである。
 スイッチバックというのは、言うまでもなく、列車にパワーがない場合、急斜面で一度列車を止めると発車できなくなるので、水平方向に引き込み線を作り、そこにホームを作るというものである。今の電車はパワーがあるから、ホームに多少の傾斜があっても発車できる。だから面倒な引き込み線は要らない、ということなのだ。
 大雑把に標高を調べてみれば、福島(71m)→赤岩(320m)→板谷(526m)→峠(624m)→大沢(484m)→米沢(248m)である。煩雑になるので、その間の距離を書いたり、傾斜を計算したりはしないけれど、なるほど確かにそれなりの山越え路線だ。
 今でもよく憶えているが、このスイッチバック区間は楽しかった。電気機関車の引く茶色の旧型客車の列車が、駅に着くたびに本線からそれて引き込み線やらホームやらに前進・後進を繰り返す。時間はかかるのだが、のんびりと非日常を楽しむにはこの上もなかった。当時の時刻表によれば、米沢→福島の所要時間は1時間15分であった。今はそこを電車で45分だ。風景は山間だが、特別急傾斜の難路を走っているという感じもなく、ごくあっさりと通り抜ける。
 昔のスイッチバック駅は、それぞれスイッチバックの遺構が残っている。レールは残っている所も、撤去されてしまった所もある。わずか2日前のことながら、恥ずかしいことに記憶が曖昧なのだが、赤岩駅(今はほぼ廃駅状態。時刻表には載るが、停車列車ゼロ)だけは、スイッチバック部分が、探さないと分からない状態になっていた。
 こうして、世の中から得体の知れない「風情」とか「面白み」が失われていく中で、峠駅の「峠の力餅」売り子さんが健在だったのは嬉しかった。事情が分かっていて、それを楽しみにしている乗客が多く、峠駅に着く直前から、多くの乗客が千円札を握りしめ、ドアの所で待ち構える。駅に着いた瞬間、2人の売り子さんから「力餅」を買う。15個くらいは売れたのではないだろうか?今や、駅ホームでの立ち売りを見る機会はない。本当に懐かしい光景だ。しかも、この餅はとても美味い。時間が経つと硬くなる本物の(?)餅だというのもいいし、餡の甘さ加減、風味も最高だ。買ったのは妻だが、ここで、我が家族のご機嫌が少しよくなった。(続く)