我が家の「庭」が完成!

 今日は日曜日。基本的に休日出勤はしないことにしているのだが、半日ほど学校に行った。明日、C型肝炎(→の記録)が治った後の定期検査に行くことになっていて、午後から年休を取ることにしてある。半日年休を取るために、半日、日曜出勤をしなければならないというのは変だな、と思ったが、スケジュール上、そうしなければ困る事情があったのでやむを得ず行った。
 私が学校に行っている間に、我が家の下では、「石巻南浜津波復興祈念公園」という39ヘクタールの大公園がオープンした(→この公園に対する私の関わりなど)。宮城県では、新型コロナウイルスの感染状況が急激に悪化しているということで、開園記念式典は中止となり、ゲートが静かに開かれただけだったようだ。家にいた子どもたちによれば、かなりの人出だったらしいが、私が帰宅した3時半過ぎには、雨が吹き降りだったこともあって、ほとんど人の姿は見られなかった。
 我が家と海との間にこの公園が広がっている。税金で作り、今後も整備を続けてもらえる「庭」である。おそらく我が家の価値は、これでますます高まった。また、今後、牧山に走りに行く時には、公園の中を通り、ほとんど直線状に日和大橋に行くことができる。それだけはよい。あとは何もいいことはない。震災を口実とした経済政策、エネルギー・資源の見境なき大消費大会だ。
 聞くところによれば、被災地のどこかで(←具体名失念)作った公園では、除草費を1平米あたり年200円と見込んでいるそうだ。39ヘクタールの全てが除草を必要とするスペースではないが、少なめに見積もって仮に20ヘクタールとしても、1平米200円で年に4000万円となる。これはあくまでも除草費用だけである。中央に位置する展示施設の維持管理など、更に大きな費用のかかるはずの場所もある。年間の維持費がいくらになるかは想像もつかない。計画段階で私が力説したとおり、公園は人口減少社会に重い負担となってのしかかる。
 感染状況の悪化と言えば、本当は今日の夕方に行われる予定だった、石巻の新しい市民会館(複合文化施設と言うらしい)「まきあーとテラス」の開館記念式典も中止となった。こけら落とし公演として、野村万作による狂言が予定されていて、私も入場券を手に入れてあった。往復葉書で申し込んで当たったのである。我が家の子どもたちに狂言を見せるいいチャンスだ、と思っていただけに残念だ。いずれ行われる代替公演にも入場券が有効だというのは嬉しいが、狂言とは限らないようだ。
 公園や市民会館に関する式典でさえ中止になるのに、オリンピックが行われるというのは不思議だ。テレビで見ていると、始まった聖火リレーには人がわんさか押し寄せている。主催者は事前に、あまりにも人が集まりすぎる時には、リレーの中断もあり得ると言っていたが、そんな措置が実際に取られる様子はない。テレビで見る限り、これが「密」でないなら、一体どのような状態が「密」なのか?と言いたくなるくらいなのに、である。
 様々な世論調査によれば、オリンピックを中止にした方がよいと考えている人が8割前後もいるはずなのに、聖火リレーが始まると変な高揚感が湧き起こり、嬉しそうに人が集まる。おめでたいことだ。オリンピックをするなとは言わない。ただ、オリンピックができるくらいなら、高校生のスポーツイベントや、ささやかなる会食にとやかく言うなよ、とは言いたい。例によって、なんだかゆがんでいる。