キングズシンガーズのビートルズ

 母親の生活支援で、だいたい毎週末、仙台市近郊にある実家を往復しているという話は何度か書いた。自家用車禁止派の私としたことが、本当にやむを得ず車を利用しているということも書いた。
 石巻と実家との間には、三陸自動車道仙台東部道路という立派な道路があって、それを使えば1時間に満たない時間で行くことができる。私は滅多なことで使わない。使わなければ、小一時間余計にかかるのだが、のんびり音楽を聴くのにいい時間なのだ。高速道路は、私の1300CCフィットで走るとエンジン音がうるさい上、コンクリート舗装区間が長くて、音楽を聴くことができない。時間がもったいないというのは、移動の時間を無駄な時間と考えるからである。私にとっては、ほとんど何もできない高速道路の1時間の方が、一般道の2時間よりも無駄だ。(往復の通行料3000円弱も大きい。)
 先週末は、ふと思い立ってキングズシンガーズのCD4枚を聴いた。キングズシンガーズというのは、ケンブリッジ大学キングズカレッジ卒業生である男性6人からなるボーカルグループである。1968年設立の古いアンサンブルだが、メンバーを入れ替えながら今でも存続している。もちろん、既に創立メンバーはいない。基本は伴奏なしのアカペラ。簡素な伴奏が入ることもあるが、パートソングの一種と言うべきか、伴奏パートも声で処理することが多い。その編曲の妙も、このアンサンブルの魅力の一つだ。
 私が最も気に入っているのは、ビートルズの曲を集めた「ビートルズ・コレクション」(1986年)という一枚。買って20年あまり、かつては本当に繰り返しよく聴いた(G・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」に匹敵するくらい!!)が、今回久しぶりに聴いてみて、やっぱり魅力的だと感じ入った。メンバーの声楽家としての能力も超一流、アンサンブルとしてのまとまりや響きの美しさも超一流。しかし、このビートルズアルバムの魅力は、原曲の力によるところも大きいように思う。
 かつて、ある作曲家と話をしていた時に、作曲家氏が「メロディーを作る能力は天性のものです」と語ったのが、とても印象に残っている。和声にしても、対位法にしても、オーケストレーションにしても、おそらく努力によって高い技術を身につけることができる。だが、メロディーを作るセンスだけは、天性のものである以上、努力ではいかんともし難い、ということらしい。これがその作曲家氏の個人的見解なのか、作曲に詳しい人たちの間での共通認識なのかは知らない。
 思うに、ビートルズはあらゆる分野を通して、最上級のメロディーメーカーである。その曲の魅力は、見事な旋律にある。キングズシンガーズのアルバムなどを聴いていると、シンプルなアカペラであるだけに、そのことが特に強く感じられる。これほどのメロディーメーカーは、音楽分野の中で最大の蓄積を持つクラシックの世界でも少ないだろう。
 「ビートルズ・コレクション」には、とびきりの名曲ばかり19曲が収められているが、編曲も含めて特に私が気に入っているのは、「OB-LA-DI, OB-LA-DA」「BACK IN THE U.S.S.R」「I'LL FOLLOW THE SUN」「GIRL」「MICHELLE」といったあたりだろうか。
 「ビートルズ・コレクション」以外では、「アニー・ローリー(イギリス民謡集)」(1991年)がよい。イギリス民謡に対する同国人としての共感と、6人だけのアンサンブルと素朴な民謡の相性の良さとによっている。ギターとルネッサンス・フルートによる伴奏も、響きが素朴だし、伴奏というよりは、声楽のパートを受け持っているようで邪魔にならない。構えて聴くような曲はないし、隅から隅まで文句なしに美しいし、柔らかく穏やかで軽みもあるし・・・、私にとって心癒やされる音楽の典型である。