過剰なる熱中症対策

 日曜日に梅雨明けした宮城県は、その後すっかり夏らしくなり、気温も上がった。いつ明けたのか分からないような梅雨よりもメリハリがあっていいなあ、やはり夏は夏らしくなければ・・・などと思っているのだが、なんだか困ったことが起こってきた。「困った」と言うより、「憂慮すべき」と言った方が正しいかも知れない。
 最近「WBGT」という数値をよく耳にする。気温、湿度、日射などから総合的に算出される指数で、熱中症にかかる危険性をよく表すのだそうである。目安として、気温35℃以上が「危険」、31~25℃が「厳重警戒」、28~31℃が「警戒」となる。WBGTは気温だけで決まるわけではないので、あくまでも目安に過ぎない。外であれば、日射が重要な要素になって、ずっと低い気温でもWBGTは高くなるし、体育館であれば、風の無さ、湿度などによって、同様に気温が低くても高くなる。
 この数値を基準にして、部活動を制限するようになってきた。例えば、「危険」となった場合は、医師・看護師など一次救命措置が実施できる人が付いていない限り運動は禁止となる。「厳重警戒」でも激しい運動は禁止。私が勤務する学校でも、一昨日はこれが適用され、運動部活動を打ち切りにした。アメダスデータは32℃くらいでも、WBGTは容易に35前後となる。
 これはひ弱すぎないか?誰もが絶対に体調を崩さないライン以下でしか活動してはならないということにしてしまうと、人間の限界点はどんどん低下するのが当然である。最近は宮城県の学校でも、教室にエアコンが標準装備化されている。
 これから自然環境はどんどん厳しさを増す。少しでもそれに順応できるようにしなければ、人間は生き延びられないにも関わらず、現在行われているのはそれとは真逆のことだ。エベレストに登るにしても、7000mくらいまでは高度順化をし、酸素ボンベに頼るのは8000mくらいからにしないと、間違ってボンベが不調になったり、酸素切れが起こったりした時に対応できない。現在、暑さ対策として行われていることは、苦しいからと言って、酸素ボンベを使用する高度をどんどん下げているのと同じである。酸素使用量が増えて供給に費やすエネルギーが増える上、ボンベが使えなくなった瞬間に、もう生きていけなくなる。
 気温だけではない。何から何まで、文明の力によって過剰に人間を守り、ますます耐えられない弱い人間を作り出す。そんな悪循環を積極的に作り出している。行き着く先に何が待っているか?私はとても不安なのだが、周囲を見ていても「迷い」や「疑い」は一切感じられない。うらやましい話である。