ユース ホステル

 昨日で北海道の話は終わり、のつもりだったのだが、少し補足を書いておこう。
 7月28日、「網走流氷の丘ユースホステル(YH)」というところに泊まった。元々この日は、翌朝早くウトロ港を出港する船に乗せてもらう予定だったので、ウトロの道の駅で車中泊か、漁師さんの作業小屋にでも泊めてもらう予定であった。ところが、北海道シリーズの2回目(8月2日)に書いたとおり、不漁の影響で29日の漁がなくなってしまったので、わざわざ知床に泊まる必要もなくなり、網走泊ということになったのである。
 そのことがはっきりした27日、Nさんのスマホで空き部屋のあるホテルを探したのだが見つからない。いや、あるにはあるのだが非常に高い。コロナ禍の中、誰が一体こんなに移動しているのだろう、と驚くほどであった。嘆いていても仕方がないので、知り得る限り最も安かったYHに泊まることにしたのである(1泊2食5350円)。
 私は、学生時代、YH協会の会員であった。当時、全国に30か40あった公営のYH以外は、会員証がなければ1000円か2000円宿泊費が高かった。わざわざお金を払って会員になっていたということは、それなりにYHに泊まる機会があった、ということである。料金的な問題もあるが、見ず知らずの人と気軽に話ができるということも魅力だった。
 就職してからは、YHに泊まる機会もほとんどなくなった。調べてみれば、2002年春に京都の宇多野のYHに泊まって以来19年ぶりだ。私自身、経済的に豊かになったからでもあるが、年齢的に気恥ずかしさを感じ、遠慮するようになったということもある。また、YH宿泊者の減少が著しいため、経営難から店を閉めるYHが増えて、YHという宿泊施設自体があまり一般的でなくなりつつあった。YHの宿泊者が減るのは、人と関わることを煩わしく思い、個室を求める旅行者が増えている上に、制限が厳しいからだとはよく言われていた。
 なにしろ、YHは郊外にあるものが多い。結構早い門限がある上、夕食後は「ミーティング」と称される宿泊者同士の交流会に参加を求められるとか、飲酒が禁止されているとか、普通の宿にはない宿泊条件もあった。多くの人と知り合えるということを魅力と感じる人は熱狂的なYHファンになり、旅行自体よりもYHに泊まることを目的とする人すらいたのだが、残念ながら、そのような人はどんどん減ってしまった。YHもそのような問題には気づいていて、門限を遅くする、ミーティングへの参加を強制しない、個室を設ける、場所を指定して飲酒解禁などなどの手は打ったのだが、その斜陽化にブレーキをかけ、V字回復を実現させることにはならなかった。今や、若者にはYHの歴史はもとより、YHという言葉自体を知らない人が圧倒的に多いのではないか?
 さて、私が27日にYHを予約した時、某大手予約サイトには「残り2床!」と表示されていた。「そうか、YHに泊まる人は今でもそれなりにいるのだな」と安心する一方で、「こんなおじさんが行って場違いじゃないかなぁ」「若い人たちの中に入っていけなかったら嫌だなぁ」と心配した。ところが、なんとびっくり、Nさんの車でYHに着いてみると、YH前にずらりと止まっていると予想していたバイクはなく、宿泊者は私1人だという。真夏の北海道で、網走市街地のホテルが非常に混み合っているのに・・・だ。
 このYHがオープンしたのは1993年らしい。60歳過ぎかと思われる夫婦が経営者だ。おそらくは脱サラで、よくあるペンションではなく、YHを開いたのだろう。ならば、「YH」というものに対してそれだけの思い入れを持っていると思われるのだが、何しろ、必要最低限しか私の前に現れないので、そんなことをあれこれ聞くこともできなかった(人と関わりたくないという最近の客のニーズを知っていて気を遣い、あえて出て来なかったのかも知れない)。
 最初に書いたとおり、今回の旅行中、北海道はずっと暑かった。YHに泊まった日も例外ではない。しかも、建物の中は風通しがひどく悪かった。私は5人部屋を当然1人で使ったが、あの部屋に5人泊まっていたら辛かっただろうと思う。それでも、1人でよかったとはあまり思わない。煩わしい人間関係を避け、「プライバシー」を絶対の善であるかのように主張し、スマホの画面に閉じこもる人が増えることは、健全な社会の成立を阻害する。いや、そのようなバラバラの個の寄せ集めは、もはや社会とすら呼べないかも知れない。そんな人間のバラバラ化に抵抗するようなYHの存在を私は貴重だと思う。YHがこのまま衰退していくことは寂しい。
 「網走流氷の丘ユースホステル」は、駅から3.6㎞離れた、名前の通りオホーツク海がよく見える丘の上に建っている。オホーツク海の向こうには知床半島斜里岳だ。駅から歩いて来る人には少しつらいが、自転車やバイクのツーリングで泊まるなら問題にはならないだろう。私自身がもう一度泊まることはないと思うが、もう少し繁盛して欲しいなぁ。