御坊・パンダ・串本

 28日に和歌山で行きたい場所がなくなったため、半日をどこで使おうかという話になった。
 私としては、御坊の紀州鉄道だけは乗りに行きたいと思っていた。これは、全国で一番路線の短い私鉄である。その営業距離は、なんと2.7㎞。JR御坊駅から西御坊まで、わずか片道8分だ。和歌山電鉄でさえ青息吐息の経営を続けているのに、更に小さな地方都市の、さほど利用価値があるとも思えない鉄道がなぜ生き残っているかと言えば、この会社の収入源は観光バスと不動産業で、鉄道はオマケだから、という話を以前聞いたことがあった。
 こんな鉄道に乗ることくらい簡単、御坊駅から西御坊を往復して、次の列車に乗ればいいではないか、と言う方は、田舎の鉄道事情が分かっていない。私とて、家族に嫌な顔をされない範囲でこの鉄道に乗る方法を、あらん限りの知恵を絞って考えたのである。しかし、どうしても断念せざるを得なかった。
 問題は二点ある。一つ目は、基本的に朝晩以外は、御坊から西御坊を折り返す形ではなく、西御坊から御坊を折り返す形でダイヤが組んである、ということである。つまり、御坊から西御坊に行くと、引き返す列車がすぐには出ないのだ。2.7㎞なら、歩いて引き返すことにも苦はないが、地図を見ると、道路を歩いた方が距離が長い。知らない町であることも考えると、少なくとも45分は見ておかなければならないだろう。すると、片道8分の列車に乗るのも1時間仕事になる。もう一つは、紀勢本線のダイヤの問題だ。御坊からこの日の目的地である串本に行く列車は、9:10、9:30、次が13:04(!)、14:00、16:04となっている(9:10以外は特急または特急と普通を乗り継ぎ)。たったこれだけ。
 ところが、元々、和歌山駅を朝のうちに出られると思っていなかったため、うっかり気付いていなかったのだが、和歌山7:23――8:28御坊8:34――8:42西御坊8:50――8:58御坊9:10――11:39串本という旅行が可能だったのだ。想定外だった上に、重いからと言って『時刻表』を持ち歩いていなかったために起こったミスである。帰宅後、このことに気付いた私は地団駄を踏んだ。結局、紀州鉄道は、御坊駅を通る時に、その可愛らしい車体をちらっと見ただけで終わってしまった。
 和歌山から串本に行く普通列車は、なぜか、御坊と紀伊田辺で乗り換えとなる。しかも、白浜では24分も停車する。後ろから来た特急に追い越され、前から来る特急とすれ違うためだ。白浜駅はパンダパンダしていた。どこもかしこもパンダだらけである。パンダを飼っている動物園は、日本全国に3箇所(上野、白浜、神戸)だけ。しかも、白浜アドベンチャーワールドの7頭は最大勢力だ。駅にパンダがちりばめられているだけでなく、やって来る特急列車もパンダの顔。側面にはパンダを始めとするアドベンチャーワールドの動物たちがペイントされている。2日後に熊野本宮から車で白浜に立ち寄り、入ったお土産屋さんも、パンダグッズがあふれていた。パンダ7頭で、そのために全国から人を呼べるとなれば、「人寄せパンダ」とはよく言ったものだと感心した。
 動物の外見は、人間も含めて自分では決められない。それぞれが最も生存に適したように出来上がっている。ゲジゲジでもカエルでも人間でもパンダでも、その外見的価値は同じはずだ。にもかかわらず、たまたま人間の感性によって「かわいい」と認識され、パンダが異常にもてはやされるというのは、あまり気持ちのいいことではない。近年、「ルッキズム」と言って、人の外見に触れることを忌避する傾向があるが、それは動物には当てはまらないということなのだろう。当然のようにも、当然でないようにも感じる。
 美しい海を見ながらゴトゴト電車に乗って、昼前に串本に着いた。浮いた半日は、串本の海中公園に行くことにしたのである。水族館は、たいていどこへ行っても楽しいからだ。
 送迎バスで10分あまり、潮岬半島を目の前に望む美しい海岸に、その施設はあった。波は少しあるが、天気は上々だ。
 この水族館は面白かった。水族館そのものは、全国的に高レベル化の進む中、特別と言うほどではなかったが、目の前の風景はきれいだし、水族館から磯に下りて、生物観察は出来るし、そして何よりも海中展望塔だ。水族館から100mあまりの歩道を歩くと、水深6.3mの所に塔が立っていて、中を下りていくと海中を直接見ることができる。ラムサール条約に登録されているというテーブルサンゴの群生地で、驚くほどたくさんの熱帯魚が泳いでいる。一番目立つのは鮮やかな水色のソラスズメダイ。そしてメジナ(グレ)やキビナゴの群れ。群れは作らないがツノダイやチョウチョウウオといった熱帯魚の代表格・・・。更に、打ち寄せる波を下から見上げていると、太陽光線の反射の具合もあって、これがまた美しい。いくら見ていても飽きない。
 以前、2度ばかりグラスボトムボートというのに乗ったことがある。船の底にガラスが張ってあって、海の中がのぞけるというやつだ。ところが、これは魚が船や自分の陰になってしまって、その色もはっきり分からない。2度とも期待外れだった。それに対して、この海中展望塔から見ると、魚は横から見ることになり、上から光が当たるので、理想的によく見える。結局私は50分もいてしまった。家族は20分くらいで出てしまい、私が出た時にはアイスクリームを食べながら呆れていた。
 不意に出来た半日で、さほど気乗りもしないままに行った海中公園だったが、行ってみれば、紀州鉄道に乗れなかったことも忘れてご機嫌なのであった。