デジタル問題についてのふたつの記事

 最近読んだデジタル問題に関する二つの新聞記事について書いておく。

 ひとつは、2月3日朝日新聞に載った川島隆太氏(東北大学加齢医学研究所所長)のインタビュー記事。この方は、かなり前から携帯電話やスマホの、特に子どもに対する悪影響に警鐘を鳴らしている。今回のインタビューでも、やはり、オンラインによるコミュニケーションの問題を、彼の最新の研究結果に基づいて指摘している。
 それによれば、脳活動センサーで脳を見た時、良いコミュニケーションが取れていればそれぞれの脳活動がシンクロしている。5人の人間についてそれを見た場合、対面で話をしている時には、脳活動がシンクロするが、オンラインではシンクロしない。オンラインは、脳にとってはコミュニケーションではない、ということだ。つまり、情報は伝達できるが感情は共有できず、相手と心がつながっていない。氏は、オンラインによるコミュニケーションが多用され続けると、「人と関わっているけど孤独」ということが起こってくると危惧する。そして、特に子どもにおいてその影響を心配している。「オンラインツールは便利だが、一日も早く、対面のコミュニケーションが可能な社会に戻さなければと、強い危機感を持っている」と。

 もうひとつの記事は、1月30日に読売新聞に出たONLINEシンポジウム「教育の急激なデジタル化の問題を考える」という報告記事。広告スペースも一切なく、1面全部という巨大な記事だ。元フランス国立衛生医学研究所所長・ミシェル・デミュルジェ氏の講演要旨と、国際ジャーナリスト堤未果氏と東大教授(脳科学酒井邦嘉 氏の対談が載っている。何かにつけて政府寄りであることが鼻につく読売新聞としては珍しく、デジタル化への危機感が紙面に充満している。これはなかなか「あっばれ」だ。直接、言葉を拾ってみよう。

「私たちは、真剣に考えるべきです。デジタル画面を使うことはリスクを伴い、使わなければ、リスクは全くないのです。」(デミュルジェ)
「『タブレットはすぐ答えをくれるし、自分の頭で考えなくていい』。ある小学生の言葉です。スピードには中毒性があり、慣れてしまうと答えが出ない時にイライラし、『なぜ』と立ち止まって考えられなくなる。」(堤)
「機械やAIを安易に使うことは『考えなくていい』と教えているようなものです。教育は決して効率ではない。『無駄こそ命』です。」(酒井)
「検索サイトやSNSは退屈しないよう、常に刺激を与えて長時間見させることで利益を得るビジネスモデルです。」(堤)
「私の考えは『いかに紙を大事にするか』です。ポイントは紙の持つ質感や情報量を軽視しないことです。」(酒井)
「退屈や無駄の中に、実は人生の価値や、大人になって役立つものがあることを、私たちがどれだけ伝えていけるかが、重要な鍵になると思います。」(堤)
スマホやアプリを作る大企業の幹部は、自分の子どもをデジタルのない学校に入れています。ビル・ゲイツ氏やスティーブ・ジョブズ氏が、自分の子にスマホを持たせず、家族でいる時は電子デバイスを禁止したのは有名な話です。人間には想像力、共感力があって、そばにいない他者の痛みに寄り添うことができる。デジタルに置き換えられない価値あるものを、いかに探し出し、意識していけるかが、デジタル時代を生きていくために一番大事なことだと思います。」(酒井)

 これがまともな認識、まともな考え方というものであろう。ほとんど完全に、私が日頃言い続けていることと重なる。ところが、多くの家庭も学校も、全く無批判にデジタル化を進めている。高校の職員室を見ていても、彼らには問い直すとか、50年後、いや10年後への影響を考えるとかが一切できないのだ。もちろん、こんな新聞記事をいちいち読んでいたりもしないだろう。
 人間が地球上に現れてから約100万年。そのうちデジタルによるコミュニケーションが行われるようになったのは、最後の30年に過ぎない。それが人間にどのような影響を与えるのか、安易に判断するのはあまりにも危険だ。
 最近、アトピーやアレルギーが急増している。その原因は、身の回りにあふれる化学物質だと言われることが多い。それらの化学物質は、全て国の基準に照らして「無害」であるとされたものばかりである。しかし、その「無害」とは、しょせん数日からせいぜい数年の範囲、因果関係が明瞭である範囲における「無害」に過ぎない。
 デジタルも同様である。使っている瞬間、その直後、せいぜい数日までの範囲なら、何の弊害もない。その後を含めても、因果関係が立証できるような影響の現れ方はしないだろう。だから人はメリットにばかり目を向ける。
 「自然」から離れることには慎重でなければならないだろう。原爆に象徴されるように、人間が一度手に入れてしまった文明を手放すことがいかに難しいかということも考えると、せめて、新しいものを導入する時には最大限の警戒をする必要があるのだ。