既存の技術で間に合う?

 すでのご存じの通り、私は今月から石巻工業高校という学校に通い始めた。自転車で15分という通勤は甚だ快適。まだ新学期が始まっていないこともあって、ほぼ定時に学校を出ると、帰宅後走りに行っても夕食の準備に困らない。
 さて、工業高校であれば当然読めるだろうと思って楽しみにしていたのが「日刊工業新聞」である。期待どおりに、それは図書館に置かれていた。工業の世界から世の中を見るぞ、と、今後毎日目を通すことになるだろう。
 さて、昨日も触れた通り、今月4日、IPCCが第6次報告書というものを公にした。ほとんど絶望的というほど厳しい指摘が為されている。人間に努力する姿勢が感じられるなら、私もこんな書き方はしない。努力はおろか、危機感さえほとんど感じられないからこう書くのである。
 ところが、昨日の日刊工業新聞の記事は、論調が一般紙とまるで異なっていて、私は困惑を覚えた。見出しは「既存技術で30年CO₂半減」、現在人間が手にしている技術だけで2030年までに二酸化炭素の排出量を半減させられる、というものである。つまりは、ここだけ見ると、何もしなくてもパリ協定に基づく日本政府の国際公約の前半部分(2030年までに2013年と比べてCO₂約半減。ちなみに後半は2050年までに実質ゼロ)は守ることが出来ますよ、ということだ。見出し直後の要点を書いた部分には次のようにある。

「(IPCCは)再生可能エネルギーなど既存技術の活用によって、2030年までに世界の温室効果ガス排出量を19年比半減できるとした。」

 更に、本文には次のようにある。

「10年と比べ太陽光パネルは8割減、風力発電は5割減、リチウムイオン電池は8割減とコストが下がり、同時に普及が進んだと評価。30年時点でCO₂を1トン減らす費用が100ドル以下になると、排出量を19年比で『少なくとも半減できる』と見通した。(中略)加えて低排出量かゼロ排出の電力や水素、燃料、新しい生産工程の導入によって排出実質ゼロを展望できる。輸送関連では低排出電力で走行する電気自動車が『最大の脱炭素化ポテンシャルを提供しうる』と評価。大気の改善や渋滞の緩和など温暖化以外にも複数のメリットをもたらすとした。」

 私がよく言う「ごまかしだらけ」の文章に見える。太陽光や風力による発電システムの製造、設置、維持、廃棄に関わる資源消費にも、エネルギー源となる電力や水素をどのように作り出すのか、ということにも触れていない。もちろん、記事の前提となっているIPCCの報告書そのものがそんな書き方になっているとすれば、日刊工業新聞の責任ではないのだが、「何とかなりそうだ」という脳天気な論調の強さ(重点の置き位置)において、この記事は際立っている。
 日刊工業新聞とて、私が先ほど書いたような「何もしなくてもいい」とは書かず、しなければならないことにも触れてはいるのだが、基本的には既存技術の「活用」というレベルの話だ。もちろん、商売にならない限り、「活用」の意欲さえ持てないという人が多いわけだから、その点からすればマスコミとしての機能を果たそうとしていることになるが、やはり、どう考えても甘すぎる。たとえ工業界の歓心を買うことが経営上有利であるとしても、報道人としてのプライドは必要であり、それを守らなければ長い目で見た時にかえってマイナスになる。「人間は見たいと思う現実しか見ない」(カエサル)という箴言は常に重い。