山形でブルックナー

  昨日から、山形市に行っていた。第1の目的は、山形交響楽団仙台フィルの合同演奏会である。飯森範親指揮によるブルックナー交響曲第8番だ。
 思えば運のない演奏会である。これは元々、2020年7月に開催される予定だった。ところが、コロナで延期となった。2年が経って、ようやく今回の日程で開催されることになった。何しろ山響と仙フィルの合同演奏会なので、会場は仙台と山形である。またもや「ところが」である。3月16日に発生した震度6地震により、仙台で会場として予定されていた東京エレクトロンホールが大破し、当分の間使用不能となった。仙台市内の大きなホールで、その日、空いている所はなかった。そこで、やむを得ず、山形だけでの開催となった。
 ブルックナー交響曲第8番というのは、私が人類の芸術文化の頂点の一つと評価している名曲中の名曲である。しかし、曲の難しさもさることながら、大規模な編成のオーケストラがないと演奏できないため、地方都市で演奏される機会は非常に少ない。私の記憶の範囲では、仙台でこの曲が演奏されたのは2回だけである。
 仙台会場の中止が決まった瞬間から、私は「山形に行くぞ」と思っていた。今回の会場は「やまぎん県民ホール」である。東北地方にある唯一の2000人収容のコンサートホールで、音響も素晴らしいという話を聞き、以前から一度行ってみたいと思っていたのである。これはいい機会ではないか。
 蛇足であるが、「やまぎん県民ホール」はJR山形駅に隣接していて、そのすぐ隣には、山形テルサホールという山響が定期演奏会の会場にしているコンサートホールがある。収容は800人。仙フィルの定期演奏会場である日立システムズホールとまったく同じ規模だ。二つのホールそれぞれに需要があって、経済的な点で維持管理に困っていないとすれば、山形ってすごい町だな、と思う。
 さて、まったく気の毒なことに、会場はガラガラであった。おそらく席は半分も埋まっていなかったと思う。プレトークで飯森氏が、コロナで来られなくなったという人が相当数いるのではないか、と言っていたが、主催者は売れたチケットの枚数が分かっているはずである。果たして、チケットは買ったが当日来なかったという人がどれくらいいたのか・・・?せっかくこれだけの大曲・難曲を練習して、演奏の機会は1回だけだし、人は入らないし、やっぱり、実に運のない演奏会である。
 演奏は・・・悪いわけがない。なにしろブルックナーの第8番だし、飯森範親である。おそらく、客だけでなく、オーケストラのメンバーにも、この曲を演奏できる特別感というのはあって、それが強烈なパワーを生む。毎年この曲の演奏会が行われる東京や大阪よりも、その機会の少ない地方都市の方が、プロの技術的な高さと、アマチュア的な1回に賭ける意識の両方が備わって、いい演奏になる可能性が高くなるのかも知れない。ホールもいい。ものすごく残響豊かで、特にブルックナーのように、時々オーケストラが一斉に動きを止める場面(いわゆる「ブルックナー休止」)があるような曲にはうってつけだ。曲の構造上、最後には圧倒的な高揚感が約束されているのだが、その約束もきっちりと果たしていて申し分がなかった。
 私は、旅行先では、必ずその土地の新聞を買う。今朝も「山形新聞」を買った。驚いたことに、昨日の演奏会が写真入りで記事になっている。曰く「ブルックナーを『ライフワーク』と話す飯森さんは、作曲者の人生を紡ぐように、重厚かつ繊細な音色を引き出した。80分を超える大作の熱演に、会場の拍手が鳴りやまなかった。」記事であって評ではないが、確かにその通り。拍手の中で、客席がガラガラであることを私は忘れていた。