西村尚也リサイタル(2)

 すごい演奏会だった。会場の小ささもあったのかも知れないが、とにかくバイオリンがよく響く。ピアニストも、かなり乱暴な、というか、力任せに鍵盤を叩く体育会系だったのだが、負けてはいなかった。それでいて、デリカシーに欠けるわけでもない。
 冒頭のバルトークはともかく、次のクライスラーなど、どうしても頭の中で自作自演と比べてしまうためか、クライスラーのような典雅さが足りないような気がして、少し物足りなかったのだが、それはウィーン生まれの自作自演と比べるのがそもそもの間違い。ブラームス、更に何と言っても後半のイザイからは独壇場だった。一見無秩序で、脈絡のないプログラムも、「僕の心に刻まれたメロディや身体にズンと来るリズムをもつ大好きな小品を束ねてプログラムを組んでみました」(チラシ)ということで、本人の思い入れの強さが演奏にも自ずから表れた、ということなのだろう。日本ではまだ無名と言っていいバイオリニストの比較的早い時期の演奏に接した、記念すべき瞬間だったような気がする。
 かつて、東京芸大コントラバス科に進んだ教え子(片倉宏樹=現群馬交響楽団)が、仙台フィルの新人演奏会でヴァンハルの協奏曲を演奏するというので、聴きに行ったことがある。その時のことは「こちら」に書いたとおりで、とにかく、何か大失敗をするのではないかと、演奏中気が気でなかった。何をどのように演奏したかの記憶がないほどだ。何か失敗をしたからといって、私に責任があるわけでもないのに・・・である。
 芸大に入って2年目の若造と、既にドイツのオーケストラで第1コンサートマスターの地位にある30代後半の円熟期に入りつつある演奏家を比べるのは、失礼を通り越して無意味なことなのだが、今回は、演奏が始まって間もなく、その技術的な完成度の高さがはっきりと分かり、安心してその音楽に没頭することができた。ご本人に確認しなかったけれど、おそらく、両親だって何の不安を感じることもなく、自分の息子ながらも「すごいなぁ」と感心しながら聴いていられたのではないか。そんな経験ができる親を羨ましく思う。
 私も人の親である。自分の息子が何かの道で一流になり、親という立場を忘れて感動するなどという経験をしてみたい。だが、残念ながら、今のところそんな可能性は微塵も感じることができない(笑・涙)。
 奇しくも、演奏会が行われた日に、西村尚也氏の新しいCDが発売された(今見てもAmazonとかで売りに出ていないので、発売ではなく、完成だったかも。録音は昨年の8月)。タイトルは「RETRO」。このCDもいただいたのだが、今回のリサイタルで演奏されたバルトークヴィエニャフスキ、ラミレスの曲も入っている。ピアノは、今回登場する予定だった沼沢淑音(よしと)氏である。
 解説書も、プロフィールの所以外は西村氏自身が書いている。そこでピアニストは次のように紹介されている。

「彼が弾いているのを横で聴いていると、どこか-地獄であったり天国であったり-別の世界と通じ合いながら演奏しているような感覚を受ける。プロで仕事をやっていると、うまい人にはたくさん出会うので、そのうち慣れてしまう。しかし彼のように霊が入っている人には、会うたびにある種のショックを受ける。」

 今回のピアニスト(エマニュエル・リモルディ)が悪かったわけではないけれど、沼沢さんという人のピアノも聴いてみたかったな。あ、否、彼が体調を崩してくれたおかげで、ライブとCDで2人のピアニストの演奏に接することができたわけだから、むしろよかったのかも知れない。(続く)