「ひたち」と烏山線

 今回の上京は、バイオリンを聴く以外に目的はない。コロナのドタバタで、少なくとも3年くらいは行ったことがなかったわけだし、東京に住んだことのない私は、まだまだ行ったことのない場所がたくさんある。せっかくだから、どこか懸案の場所を訪ねようかとも思ったが、とんでもなく暑そうなので、面倒だと思う気持ちが先に立った。演奏会場に向かう時、約50年ぶりで見てみようかと思い、代々木から明治神宮(森も建物も素晴らしい!!)を経由して代々木上原まで歩いたのが、東京での唯一の寄り道。
 結局、例によって「乗り鉄」をすることにした。往路は常磐線の特急「ひたち」で行く。復路は新幹線料金をケチるためにも、普通列車だけで帰ることにし、時間が許しそうだったので、北関東~東北で唯一のJR未乗区間である烏山線を往復することにした。


【ひたち】
 「ひたち」は言うまでもなく、元々仙台~上野を走っていた特急列車で、東日本大震災によって常磐線が寸断されたために運休となっていたが、2020年3月に新型車両に置き換えて運転が再開されたものである。新幹線が嫌いな私は、いずれ東京に行く時に利用しようと思いながら、前述の通り、コロナ問題で今回までチャンスがなかった。
 利用者が少ないことはよくないが、実際に利用している人間にとっては快適である。私が乗った車両には、少なくとも「いわき」までは5人くらいしか乗っていなかった。列車は、「いわき」まではけっこうのんびり走るが、「いわき」を過ぎると急にスピードを上げる。「いわき」から、今やほとんど見ることのない車内販売が行われていたのは新鮮に感じられた。
 終着駅は上野ではなく、品川。せっかくだからと品川まで乗車した。仙台からの所要時間は4時間37分で、全車指定の特急料金が2900円。新幹線「やまびこ」の自由席は上野まで4300円で、速い列車なら所要時間は1時間50分くらいである。仙台~上野で比較して、時間差が2時間40分、料金差が1400円となると、いくら「ひたち」が快適だとは言っても、新幹線だって乗り心地そのものは悪いわけではないのだから、「ひたち」のコストパフォーマンスはいいとは言えない。
 私のような人間には、いかにも地面の上を走っている感じがする「ひたち」は、景色の動きが速すぎる上にトンネルも多い新幹線よりは好ましいのだが、それでも、コストパフォーマンスの悪さを考えると、よほど時間のある時でなければそうそうは乗れない。特急料金が1000円だったらもっと考えるんだけどなぁ・・・。


烏山線
 烏山線は、栃木県、宇都宮から東北本線で2つ北の駅・宝積寺(ほうしゃくじ)から分岐して烏山(からすやま)まで20.4㎞の盲腸線である。起点が「宝積」寺で、途中に「大金(おおがね)」という駅があり、東北本線の駅である宝積寺を除いて、純粋に烏山線内の駅だけを数えると7つなので、一つ一つの駅に七福神を配し、駅に説明看板を立て、いかにも縁起のいい路線だとして宣伝しているが、それでわんさか人が来るという状況は生まれていないようだ。
 列車は2両編成のワンマンカーだった。烏山線内に入って間もなく、架線がないことに気付いた。つまりは非電化区間である。ローカル路線としては当然なのだが、なぜそのことに驚いたかというと、あのガラガラとうるさいディーゼルエンジン音がなく、列車が非常に静かだったからだ。我が仙石東北ラインは、ハイブリッド車両とかで、エンジンとモーターを併用しているが、エンジンが止まっている時間というのは非常に短い。ところが、烏山線は終始静かなのである。
 烏山に着いた時、車体を確認してみると、「Energy Accumulating Vehicle(エネルギー蓄積式車両)」と書かれていて、車種は「EV-E300」。つまりは蓄電池を使った電車だ。屋根にパンタグラフは付いているが、どうやらそれは東北本線内を走る時に使うためのもののようだ(烏山線の列車はほとんどが宇都宮発着)。仙石東北ラインを見ながら、電車を動かすには大きなエネルギーが必要なので、電池式の電車というのは作れないのだな、と思っていたが、早とちりだったようだ。少なくとも、40㎞程度(=烏山往復)の路線であれば、空調も含めて全て電池でまかなえるらしい。車両の新しさもあり、とても快適。
 列車は関東平野外縁の、意外に起伏の大きな田舎を走る。平凡な田舎の風景なのだが、逆にそれが魅力だ。起伏のおかげで変化もあり、わずか30分あまりの時間は飽きる暇がない。人もほどほどに乗っていた。
 烏山の駅前には、昔ながらの駅前旅館や川魚の店があり、懐かしさを感じさせる。一つ手前の「滝(たき)」という駅まで、あちこち寄り道しながら散歩をしたら楽しかろう、と思った。ただ列車に乗るだけの「乗り鉄」も善し悪しだ。