遠い遠い世界の話

 夏の甲子園で、宮城県仙台育英学園高校が優勝した。まずはめでたい。
 今朝の河北新報には驚いた。ポストに行く前、息子と「今日は第1面全部育英じゃないか?」などと話をしていたのだが、甘かった。なんと、通常ならテレビの番組表になっている第32面と合わせて、丸々2面を使い、56㎝×32㎝の写真を載せ、その上に「仙台育英 全国制覇」の文字が、何ポイントと言うのだろう?200ポイントをかなり超える61㎜×76㎜の巨大な文字で、でーんと掲げられている。中見出しはタテ書きで、「大旗初の『白河の関越え』」だ。こちらは100ポイントだろうか?全32面の新聞のうち、ほぼ丸々9面が育英優勝に関する記事で、他に、社説も育英、「時の人」欄も育英(監督)だ。
 既に15年以上前に、優勝旗は津軽海峡を越えているのに、今更白河関を越えたと言って熱狂するのも変な話だが、まぁ、東北6県のチームが初めて優勝したとなると、「白河以北ひと山100文」と言われた東北蔑視の克服が社是となっている河北新報としては、ここまで頑張らずにはいられなかった、ということだろう。ちなみに、第1面と最終面を一続きにしてくるむという手法は、東日本大震災と同じ扱いで、羽生結弦のオリンピック連覇や、楽天日本シリーズ優勝でもなかったことだと思う。
 私は自分でするのも、人がするのを見るのも、スポーツは決して嫌いではないのだが、これは一種の麻薬だ、人の興奮を人為的に作り出す装置だ、決して度が過ぎるような見方をしてはいけない、と常に自戒している。短時間で結果が表れ、しかもそれがはっきり見えるだけに、その麻薬性は非常に強い。こんなものが、生活を支配するほど力を持ってはいけない、世の中にはもっと大切なことがたくさんある。
 河北新報には、ベンチ入りしていた選手18人+記録員が紹介されていた。県外出身者が選手のちょうど半分9人いる。他に秀光中学校出身者が3人いる。秀光中学とは、育英学園高校の下部組織、と言ってよいだろう。同じ学校法人で、強力な軟式野球部(全国優勝、2度の準優勝歴あり)を持っている(現在は、とある事情で形式的にクラブチーム化されているようだ)。秀光中学出身だと言えばいかにも県内出身者に見えるが、実際は中学入学の段階で他県から来ているかも知れない。
 今回、決勝戦が始まる前、先発完投が1試合もなく、ホームランを1本も打たずに優勝する初のチームになるか?ということが言われていた。結局、満塁ホームランが飛び出し、後者は実現しなかったが、前者はその通りになった。全ての試合を継投で勝った。登録選手の中には投手が5人いて、全員が140㎞/h以上の球を投げる。それどころか、チームには19人も投手がいて、そのうち14人が球速140㎞/h超の球を投げるらしい。140㎞/hと言えば、少なくとも一昔前なら「超高校級」と言われたレベルである。更に、情報収集部隊が60人だという。びっくり。
 ごく当たり前に、自宅から通える高校を選び、文武両立とか言って健気に頑張っている高校生からは想像すらつかない世界であろう。こんなチームと、普通の高校球児が勝ち負けを争うことなど出来るはずもない。甲子園を目指して野球をするためには、用具に遠征にと、保護者の金銭的負担も非常に大きい。そんなことも最近話題になっていた。華やかな甲子園の様子をマスコミがはやし立て、高校球児の夢を煽っておきながら、学校作り、チーム作りにおいて始めから大きな格差がある。残酷な話である。
 優勝校インタビューに出てくる育英の選手たち、今日、NHKのスタジオで特集番組に出演していた選手たちは、とても素直で賢そうな、凜とした好青年たちだ。しかし、昨今の「格差社会」を、最も分かりやすく見せてくれているような高校野球のあり方を目の当たりにして、私は素直に祝うことができない。ごく普通の高校生たちが、工夫と忍耐とによって頑張れば、誰にでも全国大会出場のチャンスがある世界であって欲しい。
 私にとって、育英学園高校の野球部も甲子園での優勝も、遠い遠いどこかの世界の話である。