クジラは美味い!!

 週末、遠路はるばる名古屋から、友人D君が私の還暦を祝うために来てくれた。別に祝賀会とか誕生会とかをやるのに招待した、というのではない。自らの気持ちで、素敵なプレゼントを持ってわざわざ来てくれたのである。何ともありがたい話である。
 D君は、言っていた時間通りに我が家に来た。会うのはおそらく6年ぶりだ。眼下の復興祈念公園を見下ろしながら、ひとしきり最近の石巻の変化や共通する友人の消息について話した後、石巻の市街地を歩いて、「元気市場」を中心とするウォーターフロントを見物し、17時過ぎ、石巻駅のすぐ目の前にある、店を開けたばかりの居酒屋に入った。
 まだ17時だというのに、すっかり暗いことによる夜更け意識も手伝って、D君は見ていて気持ちがいいほど豪快に飲んだ。ビールにはクジラの竜田揚げがよく合う。
 1時間ほどすると、D君の友人であるM君が、鮎川から車を飛ばして駆けつけてきた。M君は名古屋の人なのだが、震災後、ボランティアで石巻に来たのをきっかけに住み着くことになり、今は牡鹿半島の鮎川や大原で漁業の手伝いをしながら生活しているという。そんなM君の仕事の一つに、クジラの町・鮎川にある某捕鯨会社の鯨肉処理の仕事がある。
 私は、昔から、一度クジラの解体を見てみたいと思っていた。水産高校に勤務していた頃、それなりの伝手を頼りに、なんとかしてクジラの解体を見せてもらいたいと手を尽くしたのであるが、どうしても実現しなかった。捕鯨バッシングのきっかけになるのを恐れてか、身分・思想のよく分かっている人にも、なかなか解体作業は見せないものらしい。
 そんな私にとって、M君の話は新鮮だった。ビールが日本酒に切り替わったことでもあるし、さていよいよ鯨の刺身を注文する。多少値は張るのであるが、遠来の客をもてなすにはクジラの刺身に限る。私の行きつけのこの店は、特にクジラの刺身が美味い。M君によれば、解凍が上手なのだという。店のおばさんに聞けば、イワシクジラらしい。これはびっくり。日本で年間25頭だけ捕獲が許されている大型のクジラである。石巻は、どこのスーパーでも容易に鯨肉が手に入るのだが、たいていはミンククジラかニタリクジラで、イワシクジラにお目にかかることは滅多にない。ミンクで十分なのだが、イワシクジラとなれば、これは美味いわけだ。D君もしきりに感心していた。
 今や日本全国どこでも何でも手に入る時代だ。その土地の物、というのが少なすぎて面白くないと感じることは多い。手土産にも困る。しかし、クジラはその例外だ。D君も、「名古屋じゃ絶対見んよ」と言っていた。こんな食材は貴重である。
 私が小学校時代には、給食にクジラの竜田揚げが登場することも珍しくなかったのに、その後、国際的な批判の中で捕獲量が激減し、クジラは一般的に口に入るものではなくなってしまった。
 かなり高い知能を持つというクジラを捕ることは悪い、と言う人がいる。私は、生物の世界で食う、食われるという関係は避けられないと思っているので、人間がクジラを捕る技術を生み出した以上、捕ることはかまわないだろうと思っている。一方、クジラを食べなくても生きて行けないわけではないとすれば、わざわざクジラを捕る必要はないようにも思う。よく分からない。
 だが、一度クジラを食べることを知ってしまった身としては、これが食べられなくなるのは惜しい。クジラを巡る様々な技術が継承されていかないのも残念だ。日本が商業捕鯨を再開し、ともかくもクジラ文化が守られそうであることは嬉しいような気がする。
 何もかもが美味いので、つい飲み過ぎてしまい、比較的「引き」の早い私としては、本当に珍しく、帰宅した時には日付が変わっていた。
 今日は、D君を案内して、トヤケ森山(馬っ子山)、工業高校、女川と回って石巻に引き返し、石巻を代表する名店の一つ「揚子江」で中華の昼食を取った後、駅でD君を見送った。いい2日間だった。感謝。