政治の空虚と現場の良識

 昨日の朝日新聞「オピニオン&フォーラム」欄に、元海上自衛隊自衛艦隊司令官・香田洋二氏のインタビュー記事が載った。1面の三分の二に及ぶ巨大なものである。タイトル(見出し?)は「防衛費増額への警鐘」、見出しは「5年間で43兆円 身の丈超えている 現場のにおいなし」、「『2%』が先行 政治からの声に悪乗りはないか」である。とても冷静で優れた見識を感じさせるもので、読みながら、今の防衛費増額論議がいかに拙速で軽薄なものであるかを、嫌と言うほど感じた。
 氏は元々、現場の実感に基づく防衛費増額論者である。敵基地攻撃能力の保持についても、方向性には同意するとしている。だが、今回の防衛費には強く反対する。見出しでおよそは分かるとおりなのだが、「今回の計画からは、自衛隊の現場のにおいがしません」「43兆円という砂糖の山に群がるアリみたいになっているんじゃないでしょうか」「身の丈を超えていると思えてなりません」「子どもの思いつきかと疑うほどあれもこれもとなっています」・・・。その上で、政府の言っていることがどれほど非現実的で、無理があるか、具体例を示して語る。
 そして、なぜこんなことになってしまったのか?という記者の問いには、「自衛隊の積み上げではないからだと考えます」と答えている。物事には順序や準備というものが必要で、それを抜きにしてこれだけ膨大なお金を積み上げることは、防衛力にとってもマイナスだという。これも具体例を挙げて明快な説明をしているが、全てを書き写すことになりかねないので、引用はしない。
 後半は更に立派なので、ここは2つの問題について多少長めの引用をさせてもらう。まずは財源について問われた時の答えだ。

「国民負担という痛みがあるからこそ、本当に必要な防衛力が積み上がります。国債という麻薬のようなものを平時に使えという主張があることは信じられません。(中略)本当の有事では政府は嫌でも大量の借金をしなければいけません。平時は、歳出改革以上の分は税金で支えていただくしかないのです。でも、だからこそ1円たりとも無駄にしてはいけないし、後ろ指を指されることがないように、国民への説明責任を果たさないといけません。」

 私が先日取り上げた世論誘導策(→こちら)についても触れている。

「心理戦や情報戦への対抗手段はあっていいと思いますが、国民の意識を一定方向に持っていくようなことは絶対にやってはいけませんし、戦後生まれの自衛隊がそんなことを企てることは断じてないはずです。自衛隊が守っているのは民主主義なのですから。」

 全て、政治家たちによくよく聞かせたい言葉だ。結局、「43兆円」は単なる思いつきのイメージ戦略、パフォーマンスでしかないのだ。今月初めに可決された総合経済対策の「29兆円」と同じである。たとえ稚拙でも、迅速な対応が必要なことというのはある。だが、基本的に、大切なこと、価値あるものほど、それらを手に入れるには時間=労力がかかる。「43兆円」を捻出するために国民が払わなければならない犠牲は膨大である。犠牲を払う以上は、大切で、価値あることにそれを使って欲しい。だが、香田氏の現場感覚によれば、そんなことはできないのだ。「43兆円」を使い切る準備は、今の政府・自衛隊にはできていないのだ。「43兆円」を使うことによって、中身がなくても何か立派なことが行われていると信じてしまうのは危険である。雰囲気に酔わされて冷静さを失うこと、ご時世論に流されて基本や原則を忘れること、これは戦時そのものではないか。