地形図の問題(2)

 私が少年時代は、水色と黒の二色刷で、まだ全国が網羅されていなかった2万5千分の1地形図も、今や全国網羅はもとより、多色刷りとなって、なかなか見栄えがよくなってきた。しかし、使い勝手がいいかと言えば、私は安易に首を縦に振れない。昨日の問題だけではない。
 築館からの帰り、バスで県道29号線を走った、という話を書いた。バスがどこを通るかは事前には分からなかったのだが、県道29号線に入った時、私は期待したことがある。地形図を見ると、梅ヶ沢駅の真西のあたりに、大きな団地のような建物群が確認できて、それが一体何かは気になるのだが、地形図には情報がない、集落としての地名さえない、県道29号線を走れば、それらが何か分かるだろう、と思ったのである。建物群のすぐ南には郵便局の記号があるので、私はそれらを大きなアパート群だと考えた。しかし、場所としてはあまりにも辺鄙で、大きなアパート群を作るには不自然だ。
 アパート群かと思しき建物の所にある停留所は「新生園前」となっていた。道路に設置された看板から、それは「国立療養所 東北新生園」というハンセン病患者の療養施設であると分かった。帰宅後に調べてみれば、全国に13箇所ある(しかない?)国立療養施設のうちの一つで、土地面積はなんと35ヘクタール。そこにのべ2.4ヘクタールの建物が建ち、6つの診療科と218床の入院施設を持つ大病院だ。
 私が最初に思ったのは、「えーっ?どうして病院の記号が付いていないの?」ということだった。地形図上でも広大なスペースなので、「東北新生園」と名前を入れることも可能だ。昔なら、そこに入っている人がハンセン病患者だというだけで差別、いじめの対象にもなっただろうが、現在、そんなことが行われるとは思えない。だからこそ、道路には堂々と看板が出ているのだ。病院の記号すら付けないとは恐れ入る。
 だが、それは必ずしも「隠そう」という意図であったとは言えない。なぜなら、実は、同じく県道29号線沿いにある東北職能大学校(ポリテク=厚労省所管の大学に類する高等教育機関)もほとんど同じ扱い、すなわち、建物群は書いてあるが、それが何かは全く書かれていないのである。これもひどく不親切な話だ。もっとも、病院の記号を付けようと思えば付けられる新生園と違って、地形図には大学を示す記号が存在しないので、分かるようにするためには「東北職能大学校」と書くしかない。実際、例えば「石巻」の地形図で、石巻専修大学は「石巻専修大」と書かれている。大学はキャンパスが広いので、基本的にはそれが可能で、ポリテクでも同様だ。しかし、地形図上には建物群の記号しかなく、知っている人間が見ないと、それが大学であるとは分からない。
 地形図を見ながらそんなことに不満を持ち、ぶつぶつ言っているうちに、今度は工場の記号がないことに気付いた。これまた調べてみれば、2013年11月に、桑畑、採石地などの記号と共に廃止されたらしい。理由は分からない。桑畑や採石地なら、今やめっきり少なくなったからということが分かる。しかし、工場はどうしてだろう?この記号がないと、地形図を見ていて大きな建物を見付けた時に、それが商業施設なのか工場なのか分からない。小さな町工場などもあるから書き切れないというなら、従業員数で区切って、100人以上とか200人以上とかの工場だけでもいいから書けばいいのだ。やはり工場記号はないと困る。
 一方、主に今世紀に入ってから、新しく作られた記号も少なくない。図書館、博物館、風車、老人ホーム、自然災害伝承碑といったあたりだ。自然災害伝承碑の記号は必要かなぁ?と思うが、他は妥当だろう。ただし、老人ホームがあるなら、保育所・幼稚園もあってもいい。
 驚くのは、個人の家のエントランスともいうべき道が、いちいち書き込まれていることだ。こんな短い行き止まりの道に情報としての価値があるとは思えない。
 また、地名の書き方も以前とずいぶん違う。例えば築館の場合、「築館伊豆」「築館薬師」「築館高田」・・・と、いちいち「築館」が付く。全てかというとそうではなく、単に「荒田沢」とか「光屋敷」とだけ書かれている所もある。「赤坂」と「築館赤坂」、「築館下待井」と「下待井」などがすぐ近くに書かれているのも変である(この類いがけっこう多い)。
 栗原市は、かつての築館町瀬峰町高清水町志波姫町栗駒町金成町鶯沢町一迫町、若柳町花山村という9町1村が合併してできた市である。『郵便番号簿』を見ると、細々した地名の前に旧町名が書いてある。正に2万5千分の1地形図と同じだ。最初は、なるほど、これに倣ったわけだな、と思ったが、それにしては中途半端だ。上に書いた「荒田沢」などの類いだ。『郵便番号簿』では、「築館荒田沢」である。
 昨日も書いたとおり、地形図は、限られた紙面に多くの情報を見やすく書き込まなければならない。そんな時に、小さな集落(字)名の前にいちいち旧町名を付けるのは無駄だ。しかも、それが徹底されているならまだしも、中途半端であればなおのこと「無駄」感や「煩わしい」感が強い。間違いなく、それらの無駄な情報は、本当に必要な情報を駆逐する。
 さて、長々といろいろなことを書いてきたが、まとめるに、「必要な情報はない、不要な情報は多い」、それが近年の新しい地形図の問題である。冒頭にも書いたとおり、多色刷りになって値段も上がり、高級感は増したが、決して使い勝手のいい地形図にはなっていないのである。国土地理院には、ぜひぜひ「表示基準」(昨日の記事参照)を見直すとともに、もう少し丁寧に紙面のチェックをし、実用性の高い地形図にして欲しいものである。ちょっとひどすぎる。(完)