新緑の平泉

 日曜日だったか、漁港の方に向かって少し変わった白い船が進んでいるのが見えた。遠かったので、双眼鏡で見てみると水産高校の実習船・宮城丸だった。
 今朝、起きて沖を見ると、宮城丸が泊まっていた。新聞を開くと、昨日、宮城丸が遠洋航海実習に出発したとの記事が出ていた。今回は、コロナ前と同じくハワイを目指すらしい。水産高校の遠洋航海実習も、コロナによる中止を経て、アメリカに行けないから沖縄方面へと目的地を変えて行われていた。それが今回、4年ぶりに元に戻るのだという。あぁ、本当によかった。昨日、就航式の後で漁港を出、生徒の状態観察か出国手続きの都合で、沖待ちをしているのだろうと想像した。
 まもなく汽笛が鳴り、煙突から黒い煙がもうもうと上がった。主機(メインエンジン)が動き始めたらしい。ところが、その後30分見ていても動き始めない。私は仕方なく、そのまま家を出た。帰宅時、なんと宮城丸は朝のままの場所に停泊している。どうやら、2~3日、生徒の健康状態を観察した上での航行開始、と見える。朝の汽笛と黒煙は何だったのだろう?
 さて、今日、勤務先の工業高校は遠足だった。「授業時数の確保」という大号令の下、遠足という行事が生き残っている学校は少ない。もっとも行事の正式名称は「学年行事」で、学年ごとにバスでそれぞれの目的地に向かう。私が所属する1年生は、平泉である。
 一昨日発行した「担任のお話(学級通信)№4」に、平泉の歴史に関するおよその解説を書いた上で、昨日のLHRの時、NHKスペシャル「世界遺産平泉 金色堂の謎を追う」というビデオを見せた。安直な予習の方法だとは思うが、非常にタイトな学校の日常の中で、その1時間を確保することすら難しかったのだから、できたこと自体をよしとするしかない。
 わずか49分の番組だし、1962~67年の解体大修理に言及せず、金色堂がいかにも創建当初から今のままの姿で存在してきたように語られているのはよくないが、ガラス越しに、少し離れた所からしか見られない金色堂を、間近に捉えた映像は美しいし、金箔や螺鈿といった工芸技術への言及、創建当時の歴史状況についての解説もコンパクトによくまとめられていて、NHKが文化財を取り上げた映像作品の中でも、比較的上質なものである。
 今日は最高の天気に恵まれた。特に、ガイドさんの案内で金色堂を含めた中尊寺を回った午前中は、風もほとんどなく、からりと乾燥し、気温も20℃程度で、これ以上快適な日というのは、年に何日もないのではないかと思うほどだった。
 中尊寺はいいお寺である。とはいえ、本堂の軒下などを見てみると、構造は非常にシンプル。あまり凝った構造はしていない。白山神社能舞台も老朽化が激しい。材料もいいものを使っている感じがしない。しかし、山の中のたたずまい、月見坂から旧覆堂に至る参道の風情がすばらしい。「桜が散ってしまったのは残念でしたね」とガイドさんから言われたが、替わって新緑が最高の時期を迎えていたので、残念とも惜しいとも思わなかった。快晴の強い日差しの中で、柔らかな新緑の明るい緑は美しかった。
 ガイドさんにせかされるように境内を駆け抜けてしまい、多少欲求不満だった私は、山の下のレストハウスで全員そろって昼食の後、再び月見坂を上り返して、金色堂の前までのんびりと往復した。ほとんどの生徒が、山の下でお土産物屋をのぞいたり、どこかの売店で買ったソフトクリームを食べながら道端でスマホをいじっている中、私と同様、境内散策に出向いた生徒が30~40人くらいいた。学年は約200人である。20%弱。それらの30~40人が、おそらく今後知的成長を遂げる生徒たちであろう。
 知的な生徒はいろいろなものに価値や面白さを見つけ出していけるし、そうでない生徒にとっては、中尊寺といえども、古いガラクタの集合体に過ぎないのである。与えられたものが同じでも、そこから学ぶものの量は大きく異なる。改めてそんなことを思う。