稲の倒伏と農業政策

 毎朝、田んぼの中の一本道を通って学校に通っている。車が一台通れる程度の細い舗装道路だ。週に一度くらい、犬の散歩をしている人と会うだけ、ほとんど貸し切り道路である。強い向かい風が吹いていない限りとても快適。今は、一部で稲の刈り取りが始まったという時期で、少し甘い稲の香りが漂ってくる。
 ところが、この田んぼの半分くらいの面積で、既に1か月以上前から稲が倒れている。「倒伏」と言うらしい。水害があったわけでもないのに、なぜ倒れるのだろう?いくら実って頭が重くなるとは言っても、以前、こんなに稲が倒れた田んぼなんか見た記憶がない。下敷きになっている稲は水に漬かって腐り、日が当たらずに成熟しないということがあるのではないか?刈り取りの時だって、機械でうまく刈れるのだろうか?などと心配をしていた。
 そうしたところ、今月2日の「石巻かほく」紙「つつじ野」欄に、中塩勝市さん(元農業)という方の「適地適作」というエッセイが載り、それによって私は稲が倒伏する事情というものを少し知った。
 記事によれば、想像通り、倒伏すると「収穫作業性を悪化させ、コメの品質にも影響する」のだそうだ。そして私が驚いたのは、「大豆を栽培した田んぼに翌年、稲を植えると(中略)100%倒伏するという」の部分だ。中塩さんは、地元で大規模に稲作を営む方の、次のような言葉を引く。

「国の方針で数年に一度、輪作を前提として、稲の他に大豆を栽培せざるを得ない。その結果、大豆を栽培した翌年の稲作で、倒伏が顕著になる。」

 確かに、通勤路の周辺には、もともと水田だったであろうに、今は大豆が植えられている場所が見られる。来年以降、そこに再び稲を植えると、収穫期を待たずに早々と倒伏するということになるのだろう。そして、中塩さんはその原因を、大豆が地下根部に空気中の窒素を取り込む性質があることによっていると、と考えている。中塩さんはそのように考える理由までは書いていないが、窒素肥料を与えすぎると稲が倒伏するという情報は簡単に探すことができるから、確かにその通りなのだろう。
 私が農水省のホームページなどで探しても、「数年に一度(中略)大豆を栽培せざるを得ない」とされている「国の方針」は見つけられなかった。しかし、国が大豆の増産を奨励し、特に水田だった場所で大豆を作ることについては、畑で大豆を作るよりも多くの補助金を出していることは分かった。私にはよく分からないが、農家にとって魅力的な条件なのかもしれない。
 有名な話だと思うが、稲は栄養価が高いにもかかわらず、連作しても生産性が低下しない優等作物だ。大豆は大豆で大切だが、稲の倒伏を助長し、生産性を低下させてまで作るほど稲作に余裕があるようには見えない。
 「米と味噌があれば生きていける」という言葉がある。さすがに「いつまででも」というわけではないにしても、根も葉もない話でもないだろう。だが、米も味噌も結局は米だ。農業政策全体に問題は多いにしても、特に米に関しては、絶対に不足のない状態を維持しなければならない。仮に大豆の増産を図るにしても、数年に一度水田で大豆を作るのではなく、大豆用の畑を確保することを目指すべきだ。
 中塩さんもエッセイを、「『適地適作、水田は稲作が一番』が本来望ましい姿だ。理不尽な状況を脱して、一年でも早く、そうした水田利用ができる日が来ることを願」っていると結ぶ。全面的に共感する。稲が倒伏した水田の中を自転車で走りながら、そんなことを思う。