人物

歩いて読響・・・小林編

小林研一郎(コバケン)は、私が大学時代(1980年代)、5年にわたって宮城フィル(現仙台フィル)の首席客演指揮者を務めていたこともあって、比較的多く聴く機会があった。今回、少し気になったので調べてみたら、なんと11回も聴いている。今回が1…

ブロムシュテッド!!

(タイトルは変わったが、昨日の続き。) 今回放映された演奏は、どれもすばらしい演奏である。ウィーンフィルは、名人芸にも支えられて正に王者の風格。コロナ禍ということで、わずか35人にメンバーを絞ったルツェルンは、その響きの明晰さと、きびきびと…

ヴォスの「駅長さん」物語

今月号の岩波書店『図書』に、亀淵迪(かめふち すすむ)という物理学者が「ヴォスの『駅長さん』物語」(以下「物語」と略)という文章を書いている。私の教え子、もしくはこのブログを熱心に読んで下さっている方は、「ああ、あの人!」もしくは「あの文章…

吉田秀和没後10年

5月末から先週まで、朝日新聞で「ことばを奏でる」という連載をしていた。吉田秀和没後10年に当たっての追悼企画である。懐かしいと言うか、面白いと言うか・・・古き良き時代に接するような感慨を持って読んだ。 私が特に面白いと思ったのは、連載第4回…

合計で258歳!!

ゴールデンウィークが終わった。私は、4月23日(土)に授業参観・学年PTAがあった都合で、5月2日(月)が代休となったため、7連休であった。そして、今日学校に行くと、支部総体のため、次は11日(水)まで授業がない。休みの日にすることには困…

カービー氏の沈黙

今日の毎日新聞で、アメリカ国防総省の報道官カービー氏が、29日(現地)の記者会見で、「現地の状況を見れば」と言ったところで9秒間沈黙した、という記事を読んだ。記事によれば、「プーチン氏やロシア軍がウクライナでしてきたことを見れば、倫理的、…

権力の性質(毛沢東とプーチン)

まとめに入る。 毛は比類のない軍事戦略的能力のゆえに、中国共産党の指導権を握った。抗日戦争→解放戦争(国共内戦)を終えて、新しい国家の建設に入ると、することは大きく変わる。軍事的な戦略能力が、新国家の建設・運営に通用するとは限らない。しかし…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その6

権力者としての毛沢東を見ていて思うのは、「自分が正しい」という独善(もしくは、絶対の自信)と、国民の命の軽視である。 前者は、戦時中に様々な戦略的意志決定を行ってきた延長線上にある。トップの人間が、「このやり方で行く」となれば、そこに迷いを…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その5

第7回党大会で、指導権を完全に掌握した毛沢東は、その後も戦略家としての類い希なる才能を発揮し、国民党に対しても勝利を収めた。 問題は1949年10月5日の建国後である。共産党が連続した組織である都合で、毛の権力は新国家においても継承された。…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その4

毛沢東が言うように、戦争では、常に臨機応変の迅速な判断が求められる。しかも、戦略能力というのは天賦の才能であるようだ。凡人が何人もで会議を開くのではなく、天才が一人で即断即決するのでなければ、勝ちは望めない。そんな中で、毛に権力を集中させ…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その3

紅四軍において指導権を掌握した毛沢東は、その指導権を強化するため、1930年12月に富田事件を起こした。党内に反革命組織がいるというタテマエの下、多くの党員を逮捕、処刑したと言われる。いかにも、紅四軍内での指導権を握ったことによって、仮面…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その2

これらの方針の徹底として、毛は軍内に兵士委員会という組織を作った。これは大きな権限を持つ組織である。将校は、兵士委員会の監督を受けなければならなかった。将校が間違ったことをすれば、兵士委員会が制裁を加えることさえできたのである。 これらの民…

権力の性質(毛沢東の場合)・・・その1

昨今の不穏な情勢を見ていて、なぜこれほど滅茶苦茶な人間が権力者の地位に就くのであろうかと思う。一方で、私の専門である中国の現代史を見てみれば、プーチンに勝るとも劣らない専横の大御所・毛沢東がいる。私は昨年、毛沢東の権力掌握過程の初期につい…

素朴で幸せな世界・・・野村万作氏登場!

今日は、2時間早く退勤して、家族でまきあーとテラスに狂言を見に行っていた。まきあーとテラスとは、昨春オープンした石巻市民会館(市立博物館等を含むので、正しくは複合文化施設と言う)である。 実は、昨年3月28日にこけら落とし公演として狂言が予…

中国の長老

もはや3日も前の話になるが、この石巻でも震度6弱の地震があった。私は入浴中であったが、確かに経験したことがないような強烈な揺れで、しかも長かった。東日本大震災の時はゆさゆさという揺れだったが、今回はガタガタという揺れで、浴槽の湯はあふれる…

小林秀雄について(5)

普通に考えれば、前の小林の発言は、「開き直り」と言えるだろう。小林が戦時中大陸を訪ねた時に書いた文章は、決して戦争を美化するとか、侵略行為を正当化するとかいったものではないが、文学報国会の役員となったことや、その立場で、おそらくは戦意高揚…

小林秀雄について(4)

(3)を書いた時、私は「本居宣長」を用いて、小林が宣長を借りてどのように自己表現をしたか、ということを書きつなぐつもりだった。ところが、ふと「歴史」に寄り道してみようかという気持ちが兆した。 小林秀雄の歴史認識に関して論じた多くの文章の中で…

人間の憂鬱

卒業式が終わって、喪失感というのか、徒労感というのか(笑)・・・いずれにしても、3年間強いられた来た緊張から解放されて、なんだか体の調子が悪い。否、体だけではない。頭の調子も悪い。頑張って何かをしよう、という気に一切ならない。 頭の調子が悪…

小林秀雄について(3)

前回書いたような、自分が生活体験の中からつかみ出した見解だけが信じるに値するという考え方は、自ずから抽象性を否定し、実感的、具体的な方向を指向するようになる。例えば、何かにつけて問題とされる次の一節。 「美しい『花』がある、『花』の美しさと…

小林秀雄について(2)

『本居宣長』は、たいへん立派な作りの重い本だ。箱から取り出すと、手触りがよく、目の粗い濃紺の木綿の布に金文字でタイトルと著者名が書かれている。副題が付いていないことで、なお一層風格が感じられる。表紙を開くと、見返しに奥村土牛の手になる山桜…

小林秀雄について(1)

最近、新聞の書評欄で見付けて浜崎洋介『小林秀雄の『人生』論』(NHK出版新書)という本を読んだ。実は、私にとって小林秀雄は中国近代史、明代思想史(陽明学)、高村光太郎、音楽史あたりに続く「第5専門」と言ってよい分野なのである。目に止まった…

植松氏へのエール

抱えていた論文を1本出して、一息ついているということは、半月ほど前に書いた。その後も、のんびりと、懸案だった本を読んだり、改めて聴いてみたいと思った音楽を聴いたりしている。ただし、PCの調子があまりにも悪いので、ここに字を書くことがひどく…

奈良の諸仏と寺院

古典の授業の時に、阿呆のひとつ覚えのように「いいものしか古くなれない」「なぜこの作品は古典になることが出来たのか考えよ」と繰り返している私は、古いものに対して並々ならぬ畏敬と愛着とを持っている。 日本には現在、奈良時代以前に作られた建物が2…

メルケルの退任

ドイツで16年にわたって首相を務めたアンゲラ・メルケル氏が退任式を行ったということは、既に何日か前に聞いていた。今日の毎日新聞には、そのメルケル氏が自伝を執筆しようとしていることについての記事が出た。ドイツの雑誌『シュピーゲル』に基づく記…

届いた遺書・・・阿部哲男先生の訃報に接して

一昨日未明、私が名取第一中学校に在籍していた時の恩師、阿部哲男先生が亡くなった。多分80歳であったと思う(81歳かも)。まだ河北新報にも訃報が出ないが、まったくの偶然、私の現在の勤務先に先生の甥御さんがいらっしゃるため、私はそのことをいち…

魯迅生誕140年など

(10月7日付け「学年主任だより№20」より①)*冒頭は9月30日記事の姉妹編となる。なんだか話が少し違うぞ、というのは、「学年主任だより」は紙面の大きさによる厳しい字数の制約があって、いちいち説明が必要な書き方はできないからである。 「食」…

(蛇足)首相退陣

遅くなってしまったが、9月2日(木)14:15、塩釜保健所から電話があって、「陰性です。今後の行動制限はありません」と言われた。昨日からめでたく出勤。その学校は、今後2週間、午前が出席番号の奇数番、午後が偶数番、それぞれ40分3コマ授業と…

高橋竹山

8月7日、今月もまたラ・ストラーダに映画を見に行った。今月の演目は「津軽のカマリ」。津軽三味線の巨匠、いや、名人である初代高橋竹山の生涯を描いた作品だ。「カマリ」というのは津軽弁で「匂い」を意味する。竹山が生前、「それを聴けば津軽のカマリ…

あの時の船長さん

寝台列車がなくなった後、北海道には船でしか行く気にならない。「旅行は線」、移動の過程も含めて全てが旅行という私にとって、飛行機は余程よく晴れた日に1回くらい乗るのはいいが、移動の実感が持てないつまらない交通機関である。太平洋フェリーは本当…

まずは斜里岳

Nさんとは、1999年8月10日に、北海道最高峰・旭岳(2290m)裏のキャンプサイトで隣同士にテントを張ったというだけの関係である。小学校5~6年生の男の子を1人連れていた。息子さんと親子登山かと思っていたら、Nさんは小学校の先生で、連…