中村哲についての授業

 勤務先の学校は、先週月曜日から木曜日までが修学旅行だった。旅行期間中は、2学年に所属する教員が不在となるので、通常の時間割での授業が成り立たない。そこで、午前中4時間の特別編成時間割となる。
 12月上旬までに、残留組の教員から希望を聞き、担当者がコマを埋めて行く。私は、1学年の3クラスの授業について、2時間続きの授業を設定してくれるよう頼んだ。中村哲に関する授業を行い、その中でETV特集「武器ではなく 命の水を ~ 医師・中村哲アフガニスタン」(60分)を見せる必要があったからだ。高校の授業は50分なので、この映像を使った授業は2時間連続でなければならない。
 ところが、通常の時期に2時間連続のコマを設定するためには、時間割変更という作業が必要なのだが、工業高校でそれを行うことはとても難しい。と言うのも、どこの学校にもある非常勤講師の通勤可能日や、複数クラスの体育を同じ時間に重ねないといった条件に加え、専門科目の授業には、5~6人の教員が関わる2~3時間連続の科目というのがけっこうあるからである。特編では、希望を出して優先的に枠を確保してしまえば、それらについての配慮がほとんど必要ない。
 一緒に1学年を受け持つもう一人の教員は2学年の所属で、修学旅行引率組なので、私だけが出し抜くようにして、ほとんど何の苦労もなく2時間枠を確保するのは申し訳ないと思ったが、千載一遇のチャンス(←少し大げさ=笑)である。変な遠慮はしないことにした。

 今使っている三省堂「現代の国語」の教科書には、中村哲氏自身の「ガンベリ砂漠を目指せ ― 緑の大地を作る」(2013年『天、共に在り アフガニスタン30年の闘い』より)という4頁の文章が載っている。正式の教材ではなく、「コラム」という扱いだ。中村哲氏は正真正銘の偉人である(→参考記事1参考記事2参考記事3)。この文章を足掛かりとして、その思想や事績に触れさせることは、とても価値あることに思われる。
 ただし、教科書の文章は甚だよくない。ご本人の文章にこだわるとしても、もっと他にいい文章があるだろうに、と思う。用水路を作る時の測量の話が出てくるのだが、そこが意味不明なのだ。例えば、「地面から十数メートルの高さで約2キロメートルを通せば、広大な面積の砂漠が潤せる」「用水路の通過予定線は岩盤直下の地面から約18メートル」など、どういうことなのかさっぱりイメージできない。
 しかし、かまわないのである。教科書を読むのは、ちゃんと教科書(=学習指導要領)に沿ったことをやっていますよ、というアリバイに過ぎないからだ。私は、約1頁ずつ3人の生徒に朗読をさせ、写真や中村哲氏のプロフィールに基づいて簡単な解説をすると、新聞記事を両面に印刷したB4のプリントを1枚配った。中村哲氏のしたこと、それについての評価については、これらの方がよほど気が利いている。
 配った新聞記事とは、昨年12月5日付け毎日新聞の「中村哲さん殺害3年 『今も一人一人の心に』 タリバン政権下、石碑に異例の顔写真」と同年12月4日同紙日曜版の投書集である(今年も多くの追悼記事を目にしたが、昨年の毎日の記事が、内容も体裁も使い勝手がよくベスト)。生徒が突っかかりながら読んでいると時間がなくなるし、「各自読みなさい」では読まないことが分かっているので、私が猛スピードで朗読する。
 そして、いよいよETV特集だ。NHKが1998年から取材を始めて2016年9月に放映したものを、中村哲氏が殺害された時に追悼番組として再放送した際に録画したものである。穴埋め+記述式のレポート用紙を配り、一生懸命映像を見ていないと書けないようにしてあることもあって、生徒はとても真面目に見る。
 映像が終わると、もう授業時間は10分ほどしか残っていない。裏面の自由記述欄に感想を書く時間とする。映像を見ながら、表面が書き終わっていないと、裏面を書くのはなかなか大変だ。あまり立派なものが期待できないのは仕方がない。レポート(感想)が上手く書けなくても、真面目に見たということさえ確認できればいいのだ。

〈生徒の感想から〉
・用水路を作るのに、1人1人が諦めず、みんな同じ目標に向かって頑張っているのに心を打たれた。中村さんは、計画が失敗しても、次の策を用意するのですごいと思った。中村さんとアフガニスタンの人々が一致団結し、あきらめず、希望を持ったからこそ用水路ができたと思う。
・最後のカットに出てきた水を浴びる子供たちは、最初に出てきた皮膚炎の子供のようにならないかも知れない、というだけで、見ていてホッとした。様々な作物があんなに干からびていた大地が、米や小麦、かぶなどの作物を育てられるレベルになったのはとてつもないな、と思った。
・中村さんは、日本で医師をして一生安定した生活を送ることができたはずなのに、アフガニスタンという水も食べ物もなく、さらに戦争によって死んでしまうかも知れないのに、そこでみんなを助けたいという思いで活動をしにいったことがすごいことだと思いました。やれないと思っても行動に移し、努力することが大切なんだと思いました。
・人々の命を助けたい、人々が豊かに暮らしていけるように、と思っている人は多いと思うけれど、それを行動に移せるのがすごいところだと思いました。口だけでなく、行動で示すからこそ、現地の人も中村さんのことを信用できるんだろうな、と思いました。
・中村さんの「誰も敵にしたくない」というスタンスがすごく堅実だと思った。「彼らは殺すために空を飛び、我らは生きるために土を掘る」という言葉が胸に残った。
アフガニスタンの村の人々と協力して、長い時間をかけて作り上げた物というのは、苦労もあっただろうけど、すごい喜びがあっったんだろうな、と思います。日本の人々は当たり前のように水が使え、食べ物が食べられるという生活を送っていますが、それがすごく重要で嬉しいということを忘れないようにしたいと思います。
・人々の生きようとする力の強さ、そして戦争の残酷さを感じました。様々な土地に住む人の生きていく知識、工夫を活用して、不毛の土地に非常に大きな用水路を作り出したことは、とてもすごいことだと思いました。
・中村の用水路を作るという計画は、最初は難しい計画だと思われ、無理だと多くの人が思っていたが、中村が自ら行動することで、農民が協力を始めた。その後、トラブルが起きてもすぐ協力する農民が来て、すばらしい信頼関係が築けていると思った。中村が、必要なのは武器でも軍隊でもなく命と農民に伝えていて、命がどれだけ重要なのか教えられた。中村が、次の世代に教科書を作っていることも、今のアフガニスタンへの貢献になっていると思った。